波濤と業火の喰らい合い、泳ぎて踊る創身の少女 ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌・第六部~

西川 旭

第二十七章 南舟北車

二百二十六話 GO GO SOUTH

 明晴(みょうせい)皇子殿下がおんぎゃあと産まれたその同じ年、冬の気配も近付いた晩秋のことである。

 私は翼州(よくしゅう)の南に位置する腿州(たいしゅう)にいて、大きな舟で川を下っていた。


「どうしてこうなった。日ごろの行いがそんなに悪いの?」


 私たちが乗る舟は今、絶賛現在進行形で、荒くれものたちの集団に横に付けられて、事実上の拿捕状態に陥っている。


「お前さんが行儀正しいお嬢さんであった時間が、果たしてどれだけあるもんかね」


 横にいる豪商、環家(かんけ)のフーテンドラ息子、椿珠(ちんじゅ)さんが皮肉っぽく口をゆがめて言った。

 うるせーな、やらかし具合ではお前だって人のこと言えないだろう、と私は心の中で毒づく。


「テメェら!? なにコソコソくっちゃべってやがる!?」

「さっさとこっちの質問に答えやがれっつってんべが!? あァ!?」


 やたらと台詞の中に”!?”が多い感じのお兄ちゃんたちが、私と椿珠さんに怒声を浴びせた。


「翔霏(しょうひ)ィ、あいつら、黙らせられねえンかよ」

「メェ、メェ~」


 抵抗しないで大人しくしている振りをした軽螢(けいけい)が、真っ先に物騒な提案をした。

 なぜか今回も一緒にいるヤギまで、同意してるっぽい。

 けれど翔霏は、船を横付けして乗り込んできた謎の無頼漢たち、その体格や手に持っている武器を軽く一瞥し。


「全員を叩きのめすだけならできんことはないが、おそらくこちらの何人かもどさくさに紛れて殺されるだろうな」


 と、至極現実的な未来予測をするのだった。

 いくら翔霏でも、敵にすっかり囲まれてしまっていては、できることとできないことがありますからね。


「ンだおっるァ!? 文句でもあんのかこの野郎!?」

「舟から落とされて沼トカゲのエサになりたいんかぁ!? おうコラおうゥ!?」


 よくそこまで顔の表情筋を動かせるなー、と感心するほどに、上下左右に歪んだ皮と肉で私たちを恫喝する、謎の連中。

 南方の湖や河川には「湖賊(こぞく)」と呼ばれる、いわば海賊の淡水版みたいな存在が生息していると聞くので、そういうジャンルのならずものたちだろうか。

 舟の管理者である船頭さんや乗組員さんたちは、連中に刃物を突きつけられてすっかり縮こまっている。

 失禁している若者までいる始末だ。


「私が話して、どうにかなるもんなのかなあ。どうにもならなかったら死ぬだけで、別に困らないんだけど」


 やれやれポーズの溜息を吐いて、私は敵意がないことを示すために両手を上げ、賊どもに静かに歩み寄る。


「そうそう、大人しくすりゃあいいんだよ、嬢ちゃん」

「俺たちだって話が分からねえわけじゃねえからなァ!?」


 ウソ吐け、絶対に自分たちに都合の良い話しか受け入れないタイプだよ、オメーらは。

 さてなにを話そうかと考えを巡らせながら、私たちが今、なぜこういう憂き目に遭っているのかも、まとめて順序立てて振り返ってまいりましょう。

 少しだけ長くなるけれど、お付き合いいただけると幸いです。



「ねえ軽螢、相談があるんだけど」


 腿州に経つ少し前、残暑もずいぶんと引いた秋の皇都、河旭城(かきょくじょう)でのことだ。

 街中と司午(しご)別邸を行ったり来たりしてフラフラ遊んでいた軽螢。

 彼をちょうどよくひっ捕まえて、私はあることを問いただした。

 ヤギはいてもいなくてもいいんだけど、なぜかこのときも軽螢にくっついていた。


「なんだよ。ゼニなら貸さんぜ」

「メェッ!」


 心外すぎる物言いを喰らい、私、ご立腹。 


「私が軽螢に金を借りるような局面があるとでも!? 言っておくけど今は多分私の方が稼いでるからね!?」


 ケチなマウントの取り合い、我ながらみっともない。

 女より稼げていないことは軽螢にとってどうでもいいらしく、話を先に進めてくれた。


「じゃあなんだよ。麗央那でわかんねーことが、俺にわかるとも思えんけど」

「いやあ、神台邑(じんだいむら)の話なんだけどさ。国の軍部と、翼州公さまの方針でね……」


 私は軽螢に「神台邑と周辺を、軍隊組織下の邑、屯田地として開拓する計画」のあらましを話した。

 この話を兆(ちょう)佳人と塀(へい)貴人から聞いたとき、私と翔霏は自分たちも参加したい、しなければならないと強く思ったからだ。

 とは言っても名目上、邑の長老役は軽螢が担うことになるのだし、彼の理解と協力なくしてはこの話が上手く行くわけもない。

 だから実際の仕事が始まる前、早い段階で軽螢と具体的なことを話し合っておかなければならないと思ったわけです。

 という、一通りの話を聞き終えた軽螢は。


「はぁ? 軍の仕事と畑を同時に? 無理無理無理無理無理無理無理、出来っこねえに決まってんじゃんそんなこと!」


 考える間もなく、ノータイムでそう突っぱねたのだった。


「え、どして?」


 私の素直な疑問に。

 はーあ? そんなこともわかんねーの? 

 と言いたげな顔で、軽螢はまくしたてる。


「麗央那だって絹や食いもンの数量を邑にいたとき、石数(せきすう)と一緒に勘定してたんだからわかるだろ? 軍隊の余計な仕事しながら畑をこさえたって、収穫が追い付くわけねーよ。国の、軍の仕事で人手を取られっちまったときに、誰が畑の面倒を見るんだよ。周りの邑だって人手が余ってたわけじゃねーんだぜ?」

「あ」


 真正面から指摘されて、私はまったく自分が愚かだったことに気付き、情けない声を短く漏らした。

 そうだよ。

 もともと神台邑は、食料も金銭も豊かな備蓄を生み出せる土地ではなかった!

 だからあんなに邑人総出でキリキリ舞いに働いていたのだし、すぐに再建するのは難しいと思って軽螢や少年団が今、お金を一生懸命に貯めているところだったんじゃないか。

 自給自足、自己防衛を実現する屯田兵の邑を作ろうといくら計画したところで、軍隊の仕事と掛け持ちしてしまったら、神台邑は自給自足できるレベルにまで到達できないのだ!

 

「じゃ、じゃあ畑が暇になる冬、農閑期とかは? そのときに集中して軍務をこなすとかだったら」


 と、私がナイスな提案をするも。


「畑が暇なときこそ、家とか水路とか邑の周囲の林を手入れするんじゃンか。あとは冬の方が暑苦しくないから、怪魔を狩るのもはかどるしなァ。冬籠りしてる獣の巣を潰して肉も取らなきゃならんし」


 軽螢はまさに土地の隅々まで熟知している見識から、完璧な反論を投げ返してくるのだった。

 む、邑のことにかけてはこいつ、他の誰にも丸め込まれない論破力を持ってやがる!

 神台邑の論破王とはお前のことだよ!!


「どどどどどうしよう、それ、偉い人たちにちゃんと言っておかなきゃダメだよね?」


 私は壊れたぜんまい人形のようにカクカク動きながらうろたえる。


「いやあ、お国のお偉方がどう考えてようと、俺がその場に立たされたら軍の仕事を怠けて畑の方に力を注ぐだけだけどな。だって食わなきゃ生きていけねーんだもんよ」


 あっけらかん、なんでもないと軽螢は言い放つけれど。


「でも、そんな風に国や州の命令に逆らって軍務を放棄したら、きっと罰があるよ。懲役とか、罰金とか」


 下手をすれば打ち首とか。

 昂国(こうこく)に限って言えば、そこまで過酷な刑罰は滅多にないのだけれどね。


「は? ふざけんなって。そうしたらまた邑から逃げてフラフラするわ。俺一人なら生きていく分くらい、どうにだってなるし」

「メェ~~~」


 軽螢もヤギも、自分が生きるだけならマジでどこでもどうにかなる自信があるから、面倒臭いことに一々付き合わない性分が染みついている。

 いやあ、これは由々しき問題ですよ。

 思い至らなかったこの麗央那、一生の不覚!!


「わ、私ちょっと朱俸宮(しゅほうきゅう)に話に行って来る!」

「そっちがやりたいのは勝手だけどよ、俺は絶対に嫌だからって言っといてなー」


 こう言った事情で私は、邑のことを誰よりも知り尽くしている軽螢が「屯田計画」に懸念を持っていることを、ひとまず塀(へい)貴妃に伝えた。

 私の報告を受け終えて、塀貴妃は至極難しい顔を浮かべ。


「……そうですか、応(おう)長老のお孫さんが、そのようなことを」


 どうしたものかと、考えあぐねて黙りこくってしまった。

 なにせ計画はもう動き始めているので、今から完全に中止というのは非常にエネルギーの要る話になる。

 人間も組織も、なかなかそう簡単に「損切り」はできないのだ。

 やがて自分一人では始末に困る問題だと判断したのか、フーとか細い息を吐いて、言った。


「応少年の指摘する問題は、つまるところ食料の生産高なのですよね。邑が以前と同じ人手で、以前より多くの収穫を得られるのであれば、問題の多くは改善するのではないかしら?」

「え、あ、はい、もしそれが実現できるのであれば、邑には備蓄と余裕が生まれるという理屈になると思います」


 極めて理想論に近いけれど、間違いではない。

 少ない人数でたくさんの食料を収穫できるのなら、余剰人員は軍事の任務に十分に取り組むことができるだろう。

 ふむふむと頷いた塀貴妃。


「兆佳人、そして兵省、農省の官僚と話をしてみます。麗は司午(しご)別邸で待っていてください。追って連絡いたしますので」

「はあ。わ、わかりました」


 その日は言われるままに、司午別邸に戻って子どもたちの相手をして過ごした。

 

「結局のところ、どうなりそうだ?」


 翔霏にもそう聞かれたけれど。


「う、うーん、わかんない。こればっかりはなんとも」


 私の予測も役に立たない高い次元で、なにかしらのややこしく難しい話が交わされているに違いなかった。

 引き続き、西方から来た子どもたちのベッドメイクや朝ごはんの提供などをこなしながら、司午別邸で待って暮らしていた、そのときである。


「朝廷から、央那ちゃんたちに辞令が降りたよ」


 屋敷に顔を出した獏(ばく)さんが、一通の手紙を持って来てくれた。

 表面に「令」と大書きされているので、公式な決定による仕事の命令である。

 こんな雑に運んで受け渡していいものかと思ったけれど、深く考えるのはよそう。

 私が開いた文書を、隣に立って覗き込む翔霏が読み上げる。


「女官麗、及び女官紺、南部腿州での農業研修を命ず。細かい所要あれば腿州公の支援を請うこと」


 以下、ずらずらと書いてあったけれど省略。

 なるほど、と私はそこまで驚きもなく、想定内だという顔でコメントする。


「農業の本場、南方から収穫量の多い作物を探して作り方を学んで来い、ってことかあ。神台邑で実践できるようなやつを。確かにそれができれば屯田計画も上手く行くもんね」


 翔霏は否も応もない顔で、もう一度文面を黙読して言った。


「期間は一年、か。私たちの研修が成果を上げなかったら、屯田の計画はどうなるのだろうな」

「わっかんないな~。それでも国の大事な仕事だからって押し通そうとするかもしれないし。失敗してみんなが痛い目を見るだけかもしれないし。なんとも言えねえ」


 口ではそう言ったものの。

 私はそこまで悲観視していない。

 次の進学先は、まだ見ぬ昂国(こうこく)の南方、太陽と河川と湖沼の土地。

 実り豊かな、冬のない世界での農学生だ。


「麗央那、顔が笑ってるぞ」

「翔霏だってそうじゃん」


 ウフフ、アハハ、と私たちがいちゃついていると、司午別邸に新たなお客があった。


「……クソッタレが。大豆が凶作だって偽情報を撒いたやつは誰だ? おかげで大損ぶっこいちまったじゃねえか」


 ろくでもない、同情もしたくないことをボヤきながら入って来たのは、お金をいじってないと精神の均衡が保たれない哀れな男、環椿珠であった。


「こいつには話さない方が良いんじゃないか」

「そうだね」


 翔霏と私があえてシカトを決め込んでいると。


「お、なんだそりゃ、国の仕事に関する情報か?」


 再確認していた朝廷からの辞令を、椿珠さんは持ち前の悪い手癖でサッと奪い取って速読してしまった。

 なぜかこういうときの椿珠さんは、翔霏の虚を突くほどに素早く動けるんだよなあ。


「ははあ~、なるほどな? 東南海の沿岸にはまだ俺たちが知らない、外来のイモだのウリだのが船で荷揚げされてるって話だ。これを上手く使えば……!」

「いや、連れて行きませんからね? あなた別に呼ばれてないですからね? 余計な悪だくみしてんじゃねーぞ?」


 私が牽制しても、まったく聞く耳持たずの椿珠さんは、実にイイ顔で。


「まだ流通しきってない珍しいものをどれだけ河旭に流せるか……いや、商品を流す前に街であらかじめ風評を広めるのが先か? いやはやこれは忙しくなって来ちまったぞ」


 自分勝手に、一番盛り上がっていた。

 当事者の私たちより面白がってんじゃねーよ!



 という諸般の事情と経緯がありまして。

 翔霏、軽螢、椿珠さん、そして私の見慣れたゴールデンカルテットは、舟に乗って川を下り、腿州の都である「相浜(そうひん)」へと向かっていたのです。

 回想と思索のまとめを終えたので、そろそろ現実と向き合いましょうか。

 私たちの乗る舟を不法に占拠した、決して同舟したくないような、口の汚い郎党たち。

 さて、私の操る言葉が、ちゃんと効果を発揮してくれるだろうかね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る