①-10 君へ恩を返すには①

 トボトボと、芸術で満たされた旧市街を通過する。あの襲撃が1936年の冬であったとすれば、大戦を挟み15年も経過したのだ。


 恐らく拠点は廃墟であろう。大戦によって、すでに何もない可能性もある。イタリアの周辺には多くの島があり、見覚えのある地形も存在したのだ。それでも、何もないのである。


「はぁ…………。こんな事で、何が分かるんだろう。皆を巻き込みたくなんて無いのに」


 マリアは、何度も現地へ赴こうとしたのだ。それが、その島からの避難民の情報によって、を知ったのだ。何故なら、彼等がその島で暮らしていたからである。マリアは彼等を知らないし、彼等もマリアを知らないのだ。


「そんな事、あるのかな……」


 

 ふとマリアは、夕食の心配を思い出した。今晩のティニアは帰りが遅いのだ。


「ご飯の心配なんて、呑気なのかな。平和ボケかな」


 普段の彼女は、孤児院で夕食を作り、食べさせてから片づけを済ませて帰宅する。寝つきの悪い子供たちがいれば、そのまま帰宅しない日もあった。

 ティニアが孤児院に住み込みでないことに疑問を持ったこともある。マリアの為に、ということであるのなら断ろうと考えたのだ。ところが、その心配はアドニス神父の助言で一掃される。


 神父いわく、それだとティニアは休むことも、寝ることもせず、働き続けるのだという。確かにそれでは住み込みなど不可能だ。彼女が倒れてしまう。ミュラー夫妻も神父も、何も聞かずにティニアと同居してくれているマリアに感謝しているという。


「どうみても、逆でしょうに」


 彼女たちと過ごすうちに、マリアは彼女たちが敵でない事を願う日々になっていた。それだけ謎が多く、裏がないのだ。そんなことがあるだろうか。


 ティニアとの住居は四部屋ある平屋で、周りとはかなり見た目が異なる。窓も多く、背の高い建物ばかりだからだ。二階建てのアパートにする予定であったと、ミュラーの旦那は言っていた。大勢が居住するのではなく、ティニアたちが住めればそれで問題ないと計画を変更したのだ。


 家には誰もおらず、マリアが飲みっぱなしのカップがそのまま置かれていた。


「ティニアがいないと、全然ダメね、私って。……ほんと、依存してる。誰かが居ないと、誰かに依存しないと生きられないなんて、バカみたい」

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