①-9 異質な存在③

 ティニアが苦痛を浮かべ、感情を噛み殺していたことを、知り合ったばかりのマリアでさえわかっていた。そしてミュラー夫妻、アドニス神父もわかっていたのだ。


(私は、何の力にもなっていない。無力なままのラーレのままだわ)


 ティニアは自身の感情を表に出さない。恐らく言葉や口調にも出さない。だからこそ、彼女がそれらを噛み殺すときを何度も何度も見ていたのだ。



(どこかの国が併合され、大戦に参加した、とか。)

(どこかの町の銅像が溶かされ、爆弾に作り替えられて命を奪うことになった、とか)

(廃墟になった壁がどうの、とか)

(どうして収容所に、とか)



(今でもわからない。でも、きっとティニアの心のある国が戦争に負けた……。それだけは、厭でもわかった)



 他者からそれらの情報を聞き、彼女は無言になり一瞬だけ目を閉じる。静かな怒りや悲しみを、その一瞬で噛み殺すのだ。



 ティニアがただものではない事など、誰もが知っていたであろう。

 彼女が誰よりも強く、気高い意志を持っていることも。


 それらの話題が、とある一国のとある地域に集中していることも。

 気付けば遠い目で、じっとそちらを見つめていることも。

 決まってその後に数日姿を見かけなくなることも、誰もが知っている。


 それでも、彼女は戻ってくると無邪気に微笑むのだ。


 そして、人々の足元にまだ道があり、歩けることを教えてくれる。あくまでも、動くのは自分たちであるというのだ。



(そんなティニアを、私は疑いたくなんてない)



 それが例え、意固地なワガママだとしても――――。


  よそ者だったティニアは、一連の出来事で救い人へ変わっていった。聖女のごとく、人々から感謝される度に、彼女はそれらを全て否定する。


 誰よりも辛いのが彼女であることを、誰もが知っている。それでも、何もできないのだ。

 ティニアも、それに気付いている。



 ティニアはまだ20代後半か、30代前半であるだろう。

 マリアと大して変わらないはずである。どうしてこうも違うのか。


 年齢の割に若々しい神父の眼差しが、常に彼女に注がれていることも。

 愛し合うミュラー夫妻にとって、優先すべき存在が愛する者ではなく、彼女であることも。


 それでも、誰一人として彼女に踏み込むことなど出来ない。


 そして、人々に無力さを痛感させる。


 謎しかない彼女が敵であったとしたら、マリアは彼女と戦うことが出来るのか。


「駄目ね、何の情報もない。レイス、皆、どこにいるの……」


 マリアが目を開けたとき、再び中立国内の人込みに紛れたのだった。

 あれだけの襲撃で、多くの命が散ったというのに。情報は一つとして存在していないのだ。



 そして、眼を開けたマリアの意識は、再び美しい旧市街地へと降り立っていた。

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