①-5 君ありて花束を贈る①

 慌ただしい午前が過ぎ、午後の業務も落ち着いてきた。いつものように、売れ残った花をミュラー夫人がまとめてくれている。


「それじゃマリア、これを教会と孤児院にお願いね。そのまま今日は帰って貰っていいから、ゆっくり休んでね」

「わかったわ、ありがとう」


 ミュラー夫人は花束を複数作り、マリアに持たせた。中には鉢植えもある。カートに乗せたところで、時計は針は15時を指している。


「ティニアと神父によろしくね」

「わかったわ」


 売れ残った花は、教会と孤児院が格安で買い取ってくれるのだ。ありがたいが、どちらも同居人ティニアの関係者先ではある。



 🔷


 角を曲がれば教会に到着するところで、思わぬ人だかりに遭遇してしまった。人々の表情は明るく、深刻さは感じられない。


 マリアが群集に声をかける前に、人だかりに遭遇した女性が訪ねている。どうやら診療所の医師が代わるのだという。見れば診療所の前であった。医師は人々に慕われていたが、それなりの高齢だったはずである。やっと後継者が現れたのであろう。


(そういえば、午後になって飛び込みの客が多かった気がする。それも結構な花束の購入者だったわ。医師への感謝だったのね)


 マリアは内心で納得しつつ、別経路から教会と診療所へ向かうことにした。途中で見覚えのある人物に遭遇する。神父のアドニスだ。


「神父アドニス、こんにちは」

「おや、こんにちは。マリア。花の配達ですか?」

「あなたの教会と孤児院へ行くところよ。ミュラー夫人も、売れ残りを飾ってくれて感謝してるの」

「売れ残りですか。その割には、いつも元気のよい花たちがやってきているようですが」


 アドニスは細目を更に補足して微笑んだ。どうやって前を見ているのかわからないほどの細目だ。

 既に50歳を迎えているであろうに、妙に若々しい。飄々とした見た目通り、食えない男である。この男が神父というのも、なかなかに癖が強い。


 が、彼の説教は筋が通っており、気さくな性格が人々にとって親しみやすいのである。


「花も嬉しいと思うわ。教会では面白い説教が聞けるし、孤児院は賑やかだしね」

「ははは、褒め言葉であると判断しておきましょう」

「アドニスさん、また痩せたんじゃない? ちゃんと食べているの?」

「おや、そう見えましたか。子供たちが元気でね、手を焼いているだけですよ」


 そういうと、アドニスは孤児院を見つめた。小さな教会に隣接した孤児院は、アドニス神父と財団の支援で建てられたという。すでに教会よりも広い範囲を占めている。礼拝に訪れる大人より、孤児院の孤児の人数の方が多い。


 だが、神父が見つめたいのは孤児院でも、子供たちでもない。


「教会の花はいつものように、入り口の横にお願いできますか? 孤児院の分は、今ティニアを呼んできますので」

「わかったわ、お願いします」

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