①-4 君ありて幸福の調べ④


「ティニアが言えば本当そうなるような、おまじないが込められているのではないかと皆で話していたわ」

「ふふ。確かにそうね、本当に物理法則を越えてしまうようで」


 ティニアの口癖なのだ。


「ティニアはいつもあんな調子よね」

「そうね。ティニアは決して驕らないし威張ることがない。それに親しみやすく、そして中性的な振舞いを行うから、皆すぐに受け入れて。私よりずっとだろうに、やっぱり凄いのね」

「ミュラーさんから見てもそうなのね。『僕は何の力もない、ちっぽけなヒトだよ。そんな大層な事を云ったら、神様が神様でなくなってしまう。ただ目の前のやるべき事をやっただけのヒトに過ぎないでしょ』だっけ」


 そんなティニアの口癖は。


「そうそう。それで」

「『僕は物理法則を越えるからね』」


 二人で口癖をまねながら、笑い合って楽しく仕事ができるのも、ティニアのおかげだ。


「マリアはずっと不安そうだったものね。自分なんかが、って」


 ミュラー夫人は予約の花束を作りながら、カスミソウを手に訪ねた。


「そりゃ、私みたいな外部の、異質な存在が、繊細な花を取り扱うことに対し拒絶していたんだもの、仕方ないじゃない」

「怪我から回復しても、部屋にこもっていれば病にかかるっていうじゃない」

「だからって、ティニアの孤児院で子供たちの相手をするか、ミュラー夫人と共に植物の世話をするか、ミュラーさんの旦那と共に不動産管理として人々と接するか。なんて三つに一つだわ」


 それがマリアに存在した選択肢だった。住居も仕事も、あるだけで恵まれているのだ。断る理由もなかったが、マリアにとっての選択肢は一つだった。

 ミュラー夫人は笑いながら、花束を完成させた。白とピンク、紫のアイリスが美しい花束は見事だ。


「其れでも助かってるし楽しいわよ。ありがとう、マリア」

「照れることを言わないで。水がこぼれちゃう」


 マリアは水を花瓶へ足しながら、頬を赤らめた。



 スイスは物価が高いという。当然ながら花も例外ではなく、決して安くはない。しかし至る所の露店で様々な花が売られ、束で買われていく。


 花がなければ生活が成り立たない。それが日常に戻りつつある証拠でもあるのだろう。

 フローリストは華やかだが、客側からは想像の出来ないほどの重労働である。


 冬だろうと関係はなく、水仕事でもある。夏は植物も弱りやすく、水替えも温度から湿度まで気を配る必要がある。


 ペラルゴは店舗があるため、高品質が保てるが、それでも限界がある。



 水替えの作業を終え、開店によって予約以外の花束の依頼が舞い込んでくる。忙しい一日の始まりだ。

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