①-3 君ありて幸福の調べ③
フレスコ画が美しい旧市街に店舗を構える花屋に到着すると、既に花が並べられていた。
「ミュラーさん! 遅くなりました、ごめんなさい!」
マリアの声に気づく、エプロン姿の女性が店内から顔を出す。
「おはよう、マリア。いつも早いだけで、時間通りじゃない。具合が悪いの?」
「本当にただの寝坊なの。だから、本当に申し訳なくて……」
「夕べも遅くまで勉強していたんじゃない? 仕入れもそこまで多くはなかったし、水揚げも大体は終わっているから、大丈夫なら店内花の水替えをお願いしてもいい?」
「もちろん!」
「ありがとう、助かりますよ」
マリアが働いているのはこの町では小さな花屋、Pelargo――ペラルゴ、コウノトリだ。
花は色や種類によって容器に入れられ、水を注がれたまま、ばら売りから束売りされる。
そこまでの工程が最も重労働であり繊細なことを、ミュラー夫人から教わるまでマリアは知らなかった。それぞれ植物事に茎の切り方から異なるのだ。
「それもただハサミで茎を切るだけではないのよね。なるべく水中深くで水圧を与えて切る場合が最も多いし」
「あら、最近は上手くなってきたじゃない。マリアは向上心が高いのね」
「そんな事ないわ。水不足の花や元気のない花は、切ってすぐに熱湯で数秒つけることで、細菌を減少させられるけど、私がやると逆に弱らせてる感じもするの」
マリアは水を替えながら、深いため息をついた。
「すぐに冷やせてないのかもしれないから、そこは経験を積むしかないのではないかしら。すぐにそんな上達するわけじゃないわ。私だってそうよ」
水分がより行き渡るように手を尽くす。切り方ひとつで、花の寿命が大きく左右される。堅い枝は叩いたり割ったりする必要があり、繊維をほぐさなければならない。マリアはそれが一番不得意だ。
「うーん、やっぱり苦手。すぐに水が変色してしまう」
「切り方だって、経験が必要なのよ。マリアは全植物への水揚げ分類を把握しきれてないでしょう」
「それはそうだけど。ああ、だから躊躇があるのか」
「そりゃそうよ。特に花の種類が増えだした近年では、私だって困惑しているし、若干で変わるものもあるじゃない」
ミュラー夫人は、元気のなくなった花の処分を自ら行う――いつも辛そうな表情を浮かべて。ここまでがフローリストの重要な仕事なのだと、彼女は言う。
だからこそ、少しでも美しく花を保たせ、売りたいのだ。
「この町も、随分と復興。戦争から抜けてこられてきてるよね」
「どうしたの? 急に」
ミュラー夫人は心配そうに尋ねるものの、マリアは笑いながら答えた。
「だって、この町にきてすぐに爆撃があったじゃない」
「そうね。誤爆だなんて言われて、腹が立ったわね」
「私は体調を崩して寝たきりだったし、何も出来なかった。歯がゆかったわ」
「あれからもう5年も経つのねえ」
シュタインアムラインへ来たばかりの5年ほど前、その時のマリアはすぐに体調を崩し、寝たきりとなった。何もする事が出来なかったのだ。そんなマリアを気遣い、ティニアは何度も声をかけてくれていた。
『大丈夫だよ。皆で生き延びようよ』
(皆でって言葉が、とても力強くて、とても励みになったわ)
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