①-2 君ありて幸福の調べ②
雪原で力尽きて倒れていたマリアを、ティニアや出くわした財団の者が救助し、解放してくれたのだ。
彼女たちがいなければ、マリアが生きて生活することなど、不可能だっただろう。彼女はそれらについて特に語らず、気にも留めていないのだ。
あの時のティニアは、自分とさほど変わらない年齢の少女だった。
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「…………て……!!」
(だれよ。わたし、ねむたいの)
「起きて……、こんな所で寝ていたらダメだ!」
(好きで寝てるわけじゃないわ)
「ティニア、この子はもう……」
「諦めちゃダメ。この子は助かるよ」
「吹雪が深くなってきた! 俺たちだって、このままじゃ」
「いいから、足元の雪を掘って! ぜったいに、たすかるから!」
(これ、雪なの? 痛いの? 冷たいの?)
「君も! いいから起きなさい! 起きれるでしょう!」
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「あの時も、必死で私を起こしてくれたっけ」
マリアはティニアお手製のスムージーを流し込む。冷たすぎず、程よく冷やされたフルーツが、乾いた喉と心を癒していく。急いで飲み干しても咽ない程度に、酸味が抑えられている。
ティニアはこういう見えない配慮を自然にやってのけてしまう。彼女にとって、この程度の気遣いは呼吸と同じなのだ。それのほとんどが無意識で、本人は世話を焼いている自覚もない。疲れてしまわないのか、いつも彼女ではなく、周囲から不安になる。
そんな、彼女の自己犠牲がたまらなく不安になるのは、マリアだけではない。
「今度また鉢植えでも贈るわ。ありがとう」
部屋を出ると、テーブルに緑色のリボンが置いてあった。長い髪の寝ぐせを治せない分、結んでいくといいということだろう。
ティニアの好きな色の一つ、緑のリボンで長い髪を右側のサイドに束ねるとそれ相応のオシャレに見える。
マリアは駆け足で家を軽やかに出立したのだった。
マリアの職場はシュタインアムラインという小さな町にある。ドイツとの国境を接するスイスのシャフハウゼンにある、観光が主だった町だ。
その名の通り、ライン川に面している美しい街である。旧市街の木製の家々には、フレスコ画が描かれており、至る所に草花が満ち溢れる、美しい町である。もうすぐ4月といえど、スイスの3月はどちらかというと寒い冬のようである。
今年で1950年。終戦から5年が経過した。大戦での13回にも及ぶ誤爆攻撃によって、町は破壊された。
日常的に爆撃機の通り道にされていた上空を、マリアも日常の一部だと捉えてしまっていた。ほぼ毎日だったのだ、当然のことではある。上空を眺めさせるごくごく普段と変わらない日常は、人々を防空壕へ運ばせることを忘れさせていく。
スイスへの誤爆は多く、町では誤爆が再び起きないようにと、屋根に白十字を描いたが、結局町は誤爆攻撃を受けてしまった。
新しい国は白十字がなんであるのかわからず、疑問に思いながら爆撃を始めたのだという。
町は破壊されたが、今を懸命に生きる人々によって再建された。それからもう、5年が経つのだ。
マリアはもう少女ではなく、立派な女性に成長していた。
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