①-6 君ありて花束を贈る②


 マリアは神など信じてはいないが、親切な人へは素直に好感を持つ。それがたまたま聖職者だった、ただそれだけなのである。アドニスに共感するわけではないが、アドニスが慕っている相手への敬意から、情が湧いたようなものである。


 アドニス神父は年甲斐もなく、ティニアが好きなのだ。恐らく、ただの好意ではない。



「や~、マリア。いつもありがとう」


 気の抜けた声と共に、馴染みの女性が現れる。エプロン姿のティニアだ。共に現れた子供たちに、マリアは小さな植木鉢を持たせた。


「おお。今回は植木鉢か。いいねえ、しばらく楽しめるね」

「皆さん、マリアさんにお礼をお伝えしてください」


 はしゃぐティニアと、きちんとお礼を伝えるように教える神父。それでも慕われているのはティニアであるが仕方がないであろう。こういう時は女性が有利ではあるが、ティニアは特別である。


「マリアおねえちゃん、ありがとう」

「こちらこそ。大切にしてあげてね」

「そうですよ。花だけでなく、僕の事も大切にしてください」


 アドニスはむくれると、足元の小石を蹴飛ばした。そういう所が幼い神父だ。正直言って、謎ばかりである。


「だって、おじちゃん神父さんは、走るの遅いんだもん」

「はいはい。私はもう年なのですよ。そういうことに関しては、ティニアとやっていただけませんか?」

「えー、やってるよ。神父を追いかけまわす遊びなんだから仕方ないじゃん」

「そうだよ、仕方ないじゃん」


 アドニスはゲッソリとした表情を浮かべると、助けを求めてマリアを見た。


「お疲れ様です。頑張ってください。それでは私はこれで」


 マリアはカートを教会と孤児院の間にとめると、お辞儀をして笑った。


「そうだよ、アドニスくん、頑張って」

「ティニア、君という方は本当に……」

「皆、お花持ったー? お花の配達だよ~! 慎重に運ぶんだよ~! 神父様もこれ持ってね~!」

「もってねー!」


 次から鉢植えを減らしてもらえるように、ミュラー夫人に話しておこう。マリアは内心で思いつつ、すぐに忘れてしまった。教会を出ると、川沿いまで歩き続ける。


 そして人だかりの中へ再び紛れると、マリアはいつも通りの帰宅ルートでエーニンガー通りを抜ける。人々はマリアに目もくれず、それでいて存在を認識している。いつもの光景なのだ。そして自宅へと帰宅すると、当たり前のように自室へ戻り、神経を研ぎ澄ませるのだ。


 そして、次の瞬間に、マリアの意識は永世中立国から抜け出したのだった。




 これからが、マリアにとっての日課の始まりである。

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