⓪-10 追憶は白銀へ染め②

 ラーレは足で拳銃を男に向かって蹴り上げた。

 そしてその反動のまま、ラーレは少年の額へ、仕込みナイフを放つ。男は簡単に拳銃を避け、ナイフを叩き落とした。やはりほぼ同時、否それ以上の速度で反撃を返してくる。


 男は袖に仕込んでいたのか、別の拳銃をラーレの額に突き付けようとしている。ラーレはすでに壁際であり、後退は出来ない。


 隻眼の男はお得意のカウンターから、間合いを一瞬で詰めてきた。



(やっぱりそうだ)



 間合いを詰めたという事は、男は威嚇だけであり、拳銃でもってラーレを殺す気などない。




 ラーレはわき腹を抑えていた手を、男へ向かって振りかざした。ラーレの血液が、拳銃越しに男の顔面にかかる。


 男は隻眼。片目の役割は常人以上に注意深く冴え渡っており、それが仇となるだろう。一瞬ひるんだのを、ラーレは見逃さなかった。


 ラーレは胸ポケットにしまっていた銃弾を手に、男の隻眼で隠れていない、左目目掛けて飛び掛かった。不可能だった間合いは、男がわざわざ詰めてきたのだ。



 (殺れる)




 少年は確かに、隻眼の男の背後にいたはずだった。男が間合いを詰めるまで、腕で押さえつけられてもいた。



「嘘……なんで………………!!」



 だからこそ、少年が男の前に出ることなど、想定していなかったのだ。ナイフを叩き落とす際に、少年は更に奥へ突き飛ばされていた筈だった。そんなことはあり得ない。



「あ……あぁ…………」



 力なくラーレの腕が少年から離れようと、逃げようとしたが、少年はその手を優しく掴む。そのまま嗚咽だけを発し、ラーレは放心してしまった。


 ラーレの手に持った銃弾は、長身男の瞳ではなく、少年の瞳を貫いていた。怯むことなく眼下に接近した少年はあどけなく、なんの殺気も感じなかった。酷く穏やかであり、微笑んでいるようにも見える。



「大丈夫。ボクはこんな事で死ぬことはない」



 少年の顔をきちんと見つめたのはこの時だった。片方の瞳は、溢れ出た血液によって、見るも無残だ。そして、ラーレを見据える瞳はもまた、血液が乱流し、赤く血走る。ラーレは動くこともなく、震えることもなく、ただただ少年を見つめることしか出来なかった。

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