⑨-7 国境を抜けて②

 ティトーはネリネという花の妖精であり、獣人としてフェルド共和国に暮らすセリアという女性を紹介した。髪がピンク色と黄色で美しく可愛らしいことや、妖精特有の触覚といったことまで楽しそうに話した。


「でね、すっごくいい香りのする人なんだよ。お兄ちゃんは知ってる?」

「ああ、知っている。セリアさんは今、シュタイン卿のところに居たのだな」

「ううん。フェルド共和国に帰っちゃったんだ」


 ティトーは寂しそうに俯いた。その話では、ティトーが3,4歳のときにフェルド共和国へ帰ったという。


「セリアおねえちゃん、元気かな…………」

「4歳というと、3年前……」

「大戦の後か」

「…………」

「もう、継承の儀の前に辛気臭い顔しないでよ」


 マリアの言葉に、レオポルトはハッとしてティトーを見つめた。ティトーは思いつめたように俯いてしまっている。慌ててレオポルトが話しかけ、ティトーを前へ向き直させた。


「きっと会えるわよ。ここはフェルド共和国だもの」

「うん」

「…………神殿が見えてきましたよ」


 アドニスの言葉に、ティトーは前を見つめた。そこには巨大な階段を共に、高い位置に聳え立つ白い岩によって建てられた神殿があった。ティトーはその迫力に驚き、口を大きく開ける。


「巫女のオーブ神殿です。そろそろ迎えが来るでしょう」


 アドニスの言葉通り、前から神殿の関係者であろう司祭たちが集まっている。中には聖女サーシャ。アレクサンドラ・ゼルフィートが小さく手を振っている。


「サーシャおねえちゃん……!」

「ティトー様、念のために言いますが、ここからは聖女アレクサンドラと呼んでください」

「わかりました!」


 無邪気に呟いた少女に向かって、司教は微笑みながら忠告したのだった。



 ◇◇◇



「アドニス司教、案内をありがとうございます」

「いえいえ。では、ティトー様はお疲れですから、すぐに休んでくださいませ。建物に案内して下さい。明日には継承の儀を執り行いますので、そのつもりで」

「はい。あの、アドニスおじちゃん」

「どうしました?」

「ううん。またお話してくださいね」


 アドニスは一瞬驚いた表情を浮かべると、すぐに優しく微笑んだ。


「ええ。構いませんよ。ティトー様は疲れたでしょう。すぐに休んでくださいね」

「それじゃ、ティトーは休もうか」


 レオポルトの言葉に、マリアが慌てて声をかける。


「ティトーは女の子って言ったでしょ? 男子はちょっと待ってよ」

「まあ。バレてしまいましたの?」


 サーシャはお道化るように笑うと、ティトーの前に屈んで見せた。ティトーはサーシャにくっつくと嬉しそうに笑った。

 その光景を眺めつつ、アドニスたちは下がっていった。神殿内の居住スペースへ通されると、改めてティトーはサーシャにくっついた。


「サーシャおねえちゃ、……じゃなくて。アレクサンドラお姉さま」

「ふふふ。ティトーちゃん、お疲れ様。ゆっくり休んでくださいませ。私も付き添いますから、マリアも一緒にお風呂に入りましょうよ」

「え、いいの? 嬉しい、髪がべたべたなの」


 そういったマリアは白い紐を解き、その赤く美しいストレートな髪を靡かせた。息を飲む光景に、アルブレヒトがニヤニヤとレオポルトを見つめた。


「お前その紐、ラダ族の紐じゃないか。どうしたんだ?」

「レオに借りたのよ」

「へええ」

「手持ちの紐があれだけだっただけだ」

「まあ。マリアさん、いつのまに……」

「え?」


 マリアが首を傾げると、レオポルトがみるみる赤面していく。サーシャは嬉しそうにしながら手を組んで祈るように話した。


「セシュールの部族民では、意中の相手にその部族の紐を編んで渡す習慣があるのですよ~。ミラ王女もお持ちでしたわ! ラダ族の白い紐を!」

「なっ…………」


 赤面させるマリアに対し、同じく赤面したレオポルトが吠える。


「だから! たまたま、手持ちの紐を渡しただけだと……!」

「いや~。お前はよくやるよ、レオ」

「アル! いい加減にしてくれ! 貸してだけだと」

「ふふふ。それでは男性方はあちらのスペースへ。女性はこちらですわ」


 その言葉にティトーは心配そうにアルブレヒトとレオポルトを見つめた。レオポルトは赤面したままそっぽを向いていて気付かない。


「ティトー。また後でちゃんと会えるから、な」

「うん。まただよ? 絶対だよ。勝手にどこか行かないでね」

「ああ。約束するよ。レオと一緒に。ほら、レオ……」

「ティトー、また後で会おう」

「うん」


 マリアとサーシャに手を引かれていくティトーは不安そうであった。その姿を眺めつつ、レオポルトはアルブレヒトを見つめる。


「アルブレヒト」

「なんだよ、レオポルト」


「お前、俺をからかっている場合なのか。その銀の懐中時計の女が現れたらどうするんだ。ティトーの銀時計と、交換したんだろう」

「………………」

「お前が持っていないと知ったら、その女は悲しむのではないのか」


 ティトーも持つ銀の懐中時計。それはアルブレヒトが秘密裏に交換しており、ティトーが持っていた銀時計はアルブレヒトが持ったままだ。なぜそんな事をしたのか、その時レオポルトは訪ねた。アルブレヒトは抱えなくてもいいものだ、そう言っただけだったのだ。

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