⑨-6 国境を抜けて①

 一行は約束の町を経由せず、そのまま神殿へ向かうためにフェルド共和国との国境を目指した。国境には岩の柱が何本かあり、それは両国が友好関係にあることを示す石碑が立っているだけだ。


「ティトー。ここから先はフェルド共和国だ。この獣道みたいな街道は、俺たちがアンセム国へ進軍する際に切り開いた新しい道だ。だから石碑も新しいだろう」

「! 戦争の時に、作ったの?」

「約束の町へ行けば道はあったが、そのまま直接向かうためだった。この道を進軍した結果、アルブレヒトの国は滅びた。そういう道だ」

「…………」


 アルブレヒトは無言で道を行く。ティトーはアルブレヒトの手を掴むと、心配そうに見上げた。アルブレヒトは苦笑いを浮かべながら、ティトーの頭を何度も撫でた。


「俺も何度か通っているから」

「でも……」

「ティトーも、知っていて欲しい事だから、レオは話したんだ」

「うん」

「ほら、ケーニヒスベルクが見てるぞ」


 国境。それはほんの少しでも、セシュール国を離れることを意味していた。国境越えはティトーにとって2回目だ。ルゼリア国から一人、セシュール国へ渡ったティトーは、遠く離れたフェルド共和国の地を踏もうとしている。


「…………いってきます」

「ティトー」


 レオポルトが手を差し出し、ティトーはレオポルトとも手を繋いだ。アルブレヒトと共に、3人で国境を超える。傍にはマリアが居り、それを見守った。ティトーは北東に広がる山脈ケーニヒスベルクではなく、南のルゼリア国の方を見つめた。当然ルゼリア国の建物など見ることは出来なかった。


「シュタイン様、行ってきます」


 その言葉に反応したのはアドニス司教だった。すぐにレオポルトがフォローを回した。


「コルネリウス、ですか。随分と親しかったのですね」

「知ってるの?」

「知ってますよ。親戚ですからね」

「親戚?」


 ティトーが首を傾げた事に疑問を感じたアドニスは、すぐにルゼリア国の情報統制を考えた。


「なるほど。あの国で匿うには、私めにも話せなかったということか」

「アドニスおじちゃん?」

「いいですか、ティトー。君の祖父、おじいさんで現在のルゼリア代王は、元々シュタイン家の人間でした」

「え……」

「君の祖母、おばあさんが女王だったのです。私の母は、女王の妹でしたから」

「そっかあ……。コルネリア様も僕にとっては親戚だったんだ」

「ええ、そうですよ」


 ティトーは嬉しそうに照れ笑いを浮かべる。ティトーにとって親代わりであったコルネリア・シュタイン。彼と親族だったということは、ティトーにとって嬉しい事であったのだ。


「お父上とは、御会いになれましたか」


 アドニスの言葉に、ティトーは暗い表情を浮かべた。ティトーにとっての父親ルクヴァ・ラダはおろか、母親であるミラージュ・ルージリアの顔すら、ティトーは知らなかったのだ。


「そうでしたか……。何、直に会えますよ」

「お父さんはどんな人?」


 ティトーはレオポルトへ訪ねたが、レオポルトは苦笑いを浮かべただけで留まり、アルブレヒトがフォローに回る。


「とてもいい人だよ。俺を匿ってくれるような方だ」

「……早く会いたいなぁ」


 アルブレヒトがティトーへ伝えると、ティトーは嬉しそうに笑った。アルブレヒト、そしてレオポルトと繋ぐ手を、ぶんぶんと動かす。


「お母さんは、サーシャおねえちゃんに写真を見せてもらったんだ」

「ティトーは母上を知らなかったのか……」

「僕、何も覚えてないんだ」

「シュタイン卿の屋敷に居たのですか?」


 アドニスの問いに、ティトーは万遍の笑みで頷いた。


「はい! ネリネの妖精さんが、お世話してくれました!」

「ネリネの妖精さん?」

「セリアさんが世話してたのか」


 アルブレヒトが思わず声を上げると、すぐにまずいと思ったのか口元を押さえてしまった。しかしティトーは嬉しそうにアルブレヒトへ向かった。


「セリアおねえちゃんを知ってるの?」

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