⑨-5 カンパネラは鳴り響く③
「瑠竜血値とは、ルゼリア王家の血脈に関係しています。要するに、王族ならその血液に出る数値と言われていますが、一般人でも計測すれば出る数値です。つまり、誰もが持っている数値と言えるでしょう……」
「……はい」
“誰もが持っている数値” その言葉を聞いたティトーは、兄レオポルトが幼少期にアドニスに瑠竜血値を計測されたことがあると話していたことを思い出した。その数値は0であったと。
「古の時代、王家に生まれた子に、竜が現れたそうです」
「人と人から、竜が生まれたの?」
ティトーは驚きを隠さずに目を真ん丸にした。レオポルトとアルブレヒトは無言だが、マリアだけは興味津々で話を聞いている。
「そうです。竜を前世に持つ人だったとの記録があります。その者は竜の化身となり、今でいうフェルドの平原全体を焼野原に変えたと言います。その為、王族の者にはその測定が義務付けられているのです。全ての人は獣人も含め、守護竜の子であると伝承では伝わっていますから、誰でも計測すれば出る数値です。今ではルゼリア王家の者に義務付けられているだけで、特に計測したいと思う人はいませんし、もう知っている者はごく僅かでしょう。ちなみに、最高は100として計測します」
フェルド平原は広大だ。その広大な平原を、焼き尽くすというのはどれほど恐ろしいことか。今ティトーたちがいるのはフェルド共和国に近い時計の町だ。目の前に広がるであろう広大な平原を想像し、ティトーは怯えたように表情を歪ませる。
「100あると、竜になっちゃうの……?」
「そう言われているだけです。歴代最高でも62ですが、その方は竜にはなりませんでした。守護竜の加護を受けているだけ、という説が正しいのかもしれません」
「アドニスさんは、いくつなんですか。親戚なんですよね」
ティトーは不安そうに尋ねるが、アドニスは笑顔に務めながら答えた。
「私は20です、なあに竜の片りんなんてありませんよ」
「俺は0だった」
「レオ……」
「稀に0と測定される王族もいますし、50を超える一般人もいます。あの時に何度もそう言ったではありませんか」
「あの時の祖父の落胆は酷かったな」
「…………レオポルト。あまり自分を責めない事です。ただの数値です」
「…………」
レオポルトが肩を落としたため、アルブレヒトが肩に手を置いた。その手を払いのけると、兄は弟ではなく妹を心配そうな眼で見つめた。普段は眼帯をしているサファイアブルーの瞳がより煌めいている。
「どうやって測るんですか?」
「針を刺して、血液を測定します。ちょっとチクりとしますよ」
「は、はい……」
アドニスはティトーに椅子へ座るように促した。立ち尽くしていたティトーが座り、腕を出すと、アドニスはその小さな腕に細い針を刺した。ティトーは一瞬目を閉じるものの、すぐにその針は抜かれ、羅針盤のような機械に差し込まれた。
「どうですか?」
「82」
「それは、高いの?」
いまひとつピンと来ていないティトーだったが、レオポルトとマリアの表情は歪んでいく。何よりレオポルトの表情は複雑であり、マリアはその表情を見つめると、レオポルトの背中を摩った。
「母上ですら、……ミラージュ王女でも45でした」
レオポルトの言葉に、ティトーも表情を歪ませるとその不安を表情へ押し出した。
「ええ。ぼ、ぼく竜になっちゃうの?」
「その魔力の高さ、エーテルの量ですからね。この数値から来ていたのか。ふむ……」
「あ、あの……」
「アドニス。ティトーが不安がる」
アドニスがブツブツと専門的な用語を連ね始めた為、アルブレヒトが釘をさすように言った。慌てた司教はお道化たような苦笑いを浮かべた。
「おお、これは失敬。大丈夫ですよ、歴代でも高い数値ですが、竜になった者はいません。それだけ、君には竜の加護があると考えた方がよろしいかと。きっと力の大きな大巫女になれますよ」
「ほっ……」
ティトーは単純なのか胸を撫で下ろした時、腕に小さな包帯がまかれた。ティトーは安心したのかすぐに椅子から立ち上がった。そんなティトーへ、優しくマリアが話しかける。
「ティトー、針の指した傷口は、あまり擦らないように、少し抑えていてね。痕が残っちゃうから」
「はい!」
「では、荷物をまとめていただいて、すぐにでも発ちましょう。このまま向かえば、予定通りの日取りで行うことが出来ます」
「特に何も用意しなくていいんだな?」
アルブレヒトの問いに、アドニスはゆっくりと何度も頷いた。一行は荷物をまとめると、色々な事のあった平屋を後にしたのだった。
寂しそうに何度もティトーが振り返るのを、アルブレヒトは横目で見ていた――。
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