⑧-11 白銀のなみだをこぼす②

「傷跡、残ってしまったのね」

「ん。流石に君も知っていたか」

「代王による、第一王子切り裂き事件でしょ」

「それはどうだろう。俺の髪を切ろうとした祖父が、誤ってカミソリで俺の首元を切ってしまっただけだ」

「……運悪く、脈に当たったのね」


 レオポルトは、首筋に出来ている古傷をほんの一瞬だけ撫でた。マリアは苦笑いを浮かべると、桶を取り出してシーツを入れた。シーツは瞬く間に水に浸かっていく。



「ラダ族の、父の真似をして髪を伸ばしていた。祖父は部族民の血を濃く引いた俺を、好ましく思ってはいなかった」

「白い肌、白い髪、細い腕と足、か」

「……ああ。父よりも、色濃く出てしまった俺は、あろうことかセシュールカラーの紐で、髪を結おうとしていてな」

「いくつの時だったの? カミソリ事件は」

「8つか9つの時だ。俺は3月が誕生日でな」


 マリアは驚きの表情を浮かべると、口を半開きにするほど呆然とした。


「あら。私も3月生まれなのよ。何日なの?」

「23日だ」

「うそ、同じじゃない。え、何年の生まれ?」

「何? 3月23日生まれなのか? 俺は、ネリネ歴932年だ」


 レオポルトも驚き、緊張していた顔が崩れる。驚き過ぎて、桶から水が少し零れ落ちた。


「うそ! あんた、私と同じ日に生まれていたの? 嘘でしょう?」

「嘘をついてどうする。来年の3月で23歳、どうも2と3の数字に縁があるようでな」

「信じられない。同じ日生まれの人にも初めて会ったのに、生まれた年も同じだなんて。ちょっといきなり親近感が湧いてきたわ」

「…………取っつきにくくて、悪かったな」


 マリアは微笑むと、その赤毛を揺らした。髪を無造作に束ねると、右耳の上で軽く結おうとした。


「あれ、リボンどこに置いたっけ」

「部屋じゃないのか。それか風呂場に」

「うーん。ないわね…………。シーツと一緒に洗ってしまったかしら」


 魔法で洗濯したシーツは、マリアの目の前の桶でびしょ濡れだ。そのシーツの下から、びしょ濡れで石鹸だらけのリボンが姿を現した。


「あー。やっちゃった」

「代わりのリボンはないのか」

「今は無いわね。あー、明日町で、可愛いのがないかてみる」

「これでよければ」


 レオポルトは懐から白いのリボンを取り出した。


「俺が髪を切る前に使っていたものだ。気持ちが悪くなければ」

「貸してくれるなら、貸してよ。折角お風呂に入ってふわふわなのに、洗濯で汚したくないわ」


 マリアはリボンを受け取ると、そのさわり心地に感動し、何度も撫でまわした。


「な、なにこれ。すっごい、つるつる繊維。え、これ凄い柔らかい。なにこれ」

「ラダ族のリボンだ。蝶の繭を使う」

「凄く綺麗なのね。ほら、輝いてる。まるで、月。ううん、雪化粧の、ケーニヒスベルクね」


 マリアはリボンにうっとりすると、そのリボンで髪を結いなおした。マリアの赤い深紅の髪に、白いリボンは輝きながら赤い髪をより美しく増した。


「どう? 似合う?」

「…………」

「なによ、お世辞でも似合うって言ってくれたらいいじゃない」


 マリアはツンとすると、魔法の渦でシーツと自慢のリボンを洗濯し始めた。泡がたちあがると、それらはふわふわと舞い上がった。

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