⑧-12 白銀のなみだをこぼす③

「いや。そうじゃなくて」

「あーはいはい。似合ってないのね。悪かったわね」

「違う!」


 声を荒げたレオポルトは、先ほどマリアに云われたことを思い出して一歩下がった。


「すまない。大きな声を出してしまった」

「それくらいの事、別に気にしなくていいわよ。レオってちょっとの事でも深刻に受け取りすぎ。素直なのはいいけど」


 マリアはそこまで話すと手を止め、天井を眺めた。


「どうした」

「…………今の、誰かに言われた気がする」

「アルブレヒトじゃないか?」

「うーん。そうだったかも。なんだろう、レオを見ているとね、昔の自分を見てるみたいで、ちょっと鬱陶しいのよ」

「それは、悪かった」


 余りにはっきり言うマリアだったが、レオポルトは彼女を遠慮せず、意見を隠さない素直な、裏表のない性格だと感じていた。


「なんだろう。放っておけないから、色々言っちゃうけど。別に憎いから言ってるわけじゃないからね。むしろ、逆だから」

「ありがとう。同じ日に生まれた者同士、仲良く行こう」

「ふふふ。そうね。……ねえ、アルブレヒトのこと、好き?」

「ああ。好きだよ」

「そこは素直に、すぐ言えるのね。本人に伝えないの?」


 レオポルトは鼻で笑ったが、その微笑みは満足げだった。


「男同士でそういうのは、言わないのではないかな。アイツからも、何も言われたことはない」

「え。そっちの意味だったの?」

「そっち? そっちとは、どこの事だ」

「ううん。私がちょっと腐ってただけ。違うからね、私は腐ってないから! 私は……」

「ははは。何をそんなに焦っている」



「へえ」


(そんな風に笑うんだ)


 マリアは笑みを浮かべると、そのシーツを洗い終えた。まっさらな白いシーツ、そして黒いリボンは綺麗に洗いあげられたのだ。


「夜だけれど、雨は降らなそうだし、干して来るわ。風が気持ちいいから、いいわよね」

「そういえば、夜に洗濯なんてどうしてしたんだ」

「え? アンセムでは、夕方から夜にかけて洗濯するわよ。夏場だけだけど」

「なるほど。そういう文化もあるのか」

「文化なの?」

「ははは。文化だろ」


 月の幻影は雲に覆われていたが、その輝きは雲をすり抜ける。


「あいつら、なに話しているんだろうな」

「ティトー、寒くないのかしら。アルブレヒトの上着を握りしめてるけれど」

「呼びに行こうか」

「そうね、干すし、ついでにね」



 外へ出た時、ティトーを抱きかかえたアルブレヒトが、丁度平屋に向かって歩いてくるところだった。


「ティトー! どうしたの? まさか倒れたの?」

「いや、眠ってるよ」

「なんだ。驚いたよ」

「お前ら、こんな時間に洗濯か?」

「え、アンセムでは夜に洗濯すると聞いたが」

「ああ。それはまあそうだな」


 アルブレヒトはそのままティトーを抱きかかえ、淡々として平屋へと戻っていったが、その違和感にレオポルトだけでなく、マリアも気付いていた。


「何かあったみたいだな」

「……私が余計なことをいったから、ルゼリアに行きたいって言ったのかな」

「違うだろうな。その割に、アルブレヒトが」


(機嫌がよかった)


「いや、なんでもない」

「? でも、悪い感じはしなかったわ」

「そうだな」

「何? 何か知っているの?」

「いや、ほとんど知らない。アルブレヒトがはなさないからな」



 月の幻影が隠れた夜空は星たちが煌めき、そして大地を照らし続けている。その星々のどこかにあるであろう、青き星。水の惑星があることを、彼らは知らない。

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