⑧-10 白銀のなみだをこぼす①
微睡の女性は言った。
「ボクは、物理法則を超えるから」
「超えるといって、超えられなかっただろ。お前は」
「そんな事はないよ。ボクはボクだからね」
「俺は約束を、幾つも破った」
「約束は願いだよ。破れてしまっても構わない。ただ、願いを忘れないで」
「俺は、あいつとの約束も忘れて」
「忘れてないよ」
「忘れてたさ」
「忘れたのは、向こうの方かもね」
そんなことはない。あの町の噴水を見たか?
「見てないよ。ボクは、それどころじゃなかったもの」
そうか。今度、ゆっくり見に行こう。ディートリッヒも、ミランダも待ってる。
ディートリッヒ? ミランダ?
誰の事を言っているんだ。彼らが居るはずなど。
「俺は、もう……。ここは、地球じゃないじゃないか……」
微睡から覚めると、部屋は薄暗くなっていた。ランプの灯が細くなっていたのだ。慌ててランプに火を灯そうとしたとき、ベッドに寝ているべき存在が、窓の外、遠くに立っていた。ティトーは呆然と立ち尽くし、月を見上げている。
ベッドはもぬけの殻だ。
「あいつ、起きてたのか」
アルブレヒトは慌てて玄関から出ると、少年を追った。
◇
「誰か出て行った? それとも来たの?」
マリアは髪を魔法で乾かした時、部屋から丁度レオポルトも顔を出したところだった。
「ティトーの声が。先ほど、外の空気を吸いたいって声がして、慌てて起きたんだが。アルブレヒトが追ったのか」
二人は窓の向こうで、丁度アルブレヒトの上着を被ったティトーと、被せた長身男を見つめていた。
「あいつ、また髪色……」
「ま、もう安全でしょう。多分、ここにいるのもルクヴァ王達は把握していると思うわ」
マリアはティトーの部屋へ赴くと、ベッドのシーツを変え始めた。慌ててレオポルトが駆け寄り、無言でそれを手伝う。
「ありがとう。一人より、二人の方が楽ね」
「いや。その、……」
「なに?」
「頬を殴って、すまなかった」
「ああ。すんごい痛かったわよ? 少しは懲りた?」
「ああ。懲りたよ」
レオポルトは桶を手に取ると、水を変えるために台所へ立った。マリアはシーツを畳むと、その後を追いかける。
「アルブレヒトを殴るなら、私が殴られると思って。あまり感情を表に出すなとは言わないけれど、手を上げるのはよくないわ」
「すまない。君を、傷物にしてしまった」
マリアは噴き出すと、大笑いしたまま話した。
「ブッ。傷物って……」
「そんなに笑わなくてもいいだろ」
「なによ、責任取れないでしょ?」
「責任って、何をすればいいのだ」
「え」
マリアはドン引きした後、窓の向こうの二人を見つめながら思案した。ティトーが座り込み、それをアルブレヒトが支えた所だった。
「ティトー。まだ具合悪いみたいね」
「エーテル酔いは中々な。個人差もある」
「あなたも、あまり酔わなかったの?」
「いや、酔ったよ」
「何歳だった?」
「そうだな、4つになった頃だったか。父がセシュールから駆けつけてくれたな」
そこまで話し、レオポルトはかつての記憶を呼び覚ます。
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