⑧-10 白銀のなみだをこぼす①

 微睡の女性は言った。


「ボクは、物理法則を超えるから」

「超えるといって、超えられなかっただろ。お前は」

「そんな事はないよ。ボクはボクだからね」

「俺は約束を、幾つも破った」

「約束は願いだよ。破れてしまっても構わない。ただ、願いを忘れないで」

「俺は、あいつとの約束も忘れて」

「忘れてないよ」

「忘れてたさ」

「忘れたのは、向こうの方かもね」



 そんなことはない。あの町の噴水を見たか?


「見てないよ。ボクは、それどころじゃなかったもの」


 そうか。今度、ゆっくり見に行こう。ディートリッヒも、ミランダも待ってる。


 ディートリッヒ? ミランダ?


 誰の事を言っているんだ。彼らが居るはずなど。



「俺は、もう……。ここは、地球じゃないじゃないか……」



 微睡から覚めると、部屋は薄暗くなっていた。ランプの灯が細くなっていたのだ。慌ててランプに火を灯そうとしたとき、ベッドに寝ているべき存在が、窓の外、遠くに立っていた。ティトーは呆然と立ち尽くし、月を見上げている。


 ベッドはもぬけの殻だ。


「あいつ、起きてたのか」


 アルブレヒトは慌てて玄関から出ると、少年を追った。





「誰か出て行った? それとも来たの?」


 マリアは髪を魔法で乾かした時、部屋から丁度レオポルトも顔を出したところだった。


「ティトーの声が。先ほど、外の空気を吸いたいって声がして、慌てて起きたんだが。アルブレヒトが追ったのか」


 二人は窓の向こうで、丁度アルブレヒトの上着を被ったティトーと、被せた長身男を見つめていた。


「あいつ、また髪色……」

「ま、もう安全でしょう。多分、ここにいるのもルクヴァ王達は把握していると思うわ」


 マリアはティトーの部屋へ赴くと、ベッドのシーツを変え始めた。慌ててレオポルトが駆け寄り、無言でそれを手伝う。


「ありがとう。一人より、二人の方が楽ね」

「いや。その、……」

「なに?」

「頬を殴って、すまなかった」

「ああ。すんごい痛かったわよ? 少しは懲りた?」

「ああ。懲りたよ」


 レオポルトは桶を手に取ると、水を変えるために台所へ立った。マリアはシーツを畳むと、その後を追いかける。


「アルブレヒトを殴るなら、私が殴られると思って。あまり感情を表に出すなとは言わないけれど、手を上げるのはよくないわ」

「すまない。君を、傷物にしてしまった」


 マリアは噴き出すと、大笑いしたまま話した。


「ブッ。傷物って……」

「そんなに笑わなくてもいいだろ」

「なによ、責任取れないでしょ?」

「責任って、何をすればいいのだ」

「え」


 マリアはドン引きした後、窓の向こうの二人を見つめながら思案した。ティトーが座り込み、それをアルブレヒトが支えた所だった。


「ティトー。まだ具合悪いみたいね」

「エーテル酔いは中々な。個人差もある」

「あなたも、あまり酔わなかったの?」

「いや、酔ったよ」

「何歳だった?」

「そうだな、4つになった頃だったか。父がセシュールから駆けつけてくれたな」


 そこまで話し、レオポルトはかつての記憶を呼び覚ます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る