⑧-7 平和への使者①

「おにいちゃんたち」


 ティトーの声が、震えながら部屋へ、二人の男へ響いた。ティトーは部屋へは入らず、広間と部屋との間に立つと、レオポルトの背へ向かって言葉を発する。震え、そして緊張した声から発せられた言葉は、男たちだけでなく、マリアをも震えさせる。


「大巫女のお母さまは、戦争に行っていたの?」

「…………ティトー」

「なんで。大巫女は、戦争しないんじゃなかったの」

「母は、ルゼリア国に籍を置いていた。だから」


 ティトーは嗚咽を混じらせ、何を言っているのかわからなくなった。マリアが慌てて駆け寄り、抱きしめる。レオポルトの横を通るとき、マリアはレオポルトを睨みつけた。


「ティトー。大巫女はね、したいことを実行できる力と、地位があるのよ。だから、ティトーがしたいようにしたらいいの。戦争をしたくなくて、止めたいのなら、そう進言する事も出来るの。アンセム領は今、ルゼリア領だから、ティトーが何かしたいなら、それを進言する事も出来るわ。だから、セシュールだけにこだわる必要はないの。ティトーが居るべきなのは、ルゼリア国でもいいって、私は、そう思う。ティトーが見て聞いて考えて、決めたらいいの」


 マリアの言葉に、二人の男は黙り込む。


「戦争なんて、したい奴だけでしたらいいのよ。巻き込まれるこっちの身になって欲しいわ」

「ぼく。あらそいは、いやだ」

「そうよね。皆だってそうよ。平和を愛したケーニヒスベルクだって、そう望んでるわ」

「マリアおねえちゃん、ぼくね」

「うん」

「みんなとは、たたかいたくない」


 ティトーは両手の指をそれぞれいじりながら、目線を足元に向け、ポツリポツリと嗚咽交じりに訴えた。


「それでも、ぼく。おにいちゃんとアルが戦うなら、マリアおねえちゃんみたいに、間に入る。絶対、止める。ぼくも、そうしたい」

「ティトー。でも、危ないことはしないで。お願いよ、心配なの」

「おねえちゃん、だいすき」


 ティトーは手を伸ばすと、マリアに抱き着いた。マリアはティトーを抱きしめると、大きな声を上げる。


「ティトー、どうしたの!」

「どうした、マリア」


 マリアの声に、アルブレヒトは立ち上がったが、マリアはすぐに答える。


「ティトー、ひどい熱だわ。さっきまで、こんな」

「何⁉」


 レオポルトが振り返ると、ティトーが辛そうに抱きかかえながら、短い呼吸をしているところだった。アルブレヒトも慌てて駆け寄り、額に手を当てる。


「ひどい熱だ。お前、いつからそうだった、どうして言わなかった!」

「責めるんじゃないのよ! とにかく、ベッドで休ませて。私、残っているアキレアでお茶を淹れるわ」

「ティトー、しっかり。大丈夫か!」

「あ……」


 ティトーはアルブレヒトに抱きかかえられながら、必死で言葉を発するが、その言葉は言葉になることなく、呼吸として吐き出される。


「ティトーは何を言っている」


 漸く駆け寄った兄は、アルブレヒトに問いかける。アルブレヒトはティトーの口元に耳を近づけるが、首を横に振った。


「とにかく、今は無理をさせられない。ちゃんと休むんだ、ティトー」

「ティトー。あとで、ちゃんと聞く。だから、今は休んでくれ」


 ティトーは力なく頷くように、眠りに落ちてしまった。

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