⑧-8 平和への使者②

 アドニスが一行の平屋を訪れたのは、それからすぐの事だった。朝食用の野菜を届けに来たところで、一行の事案に遭遇したのだ。

 すぐにマリアに通され、ティトーの診察を始める。


「いわゆる風邪、それから、蓄積した疲労でしょう。雨に打たれたのであれば、もっと慎重にすべきだった」

「ティトー! すまない、俺の為に」


 ティトーは首を横に振ると、笑顔で微笑みかけたが、言葉は浅い呼吸によって消されてしまう。


「絶対安静です。巫女継承の儀については、延期しましょう。来週に日取りを決め、明日にでも発ってもらう予定でしたが。なあに、延期したところで支障はありませんし、ルゼリア国に報告などしませんよ。非公式に行いますので」

「非公式で、大丈夫なのか」

「ミラージュ王女の時も、非公式でしたから」

「そうか」

「お、おかあさん……」


 ティトーは母への思いを、その言葉に託し、再び眠りについた。それでも浅い呼吸が一同を不安にさせる。


「何とかならないのか、アドニスおじさん」


 焦るレオポルトに、ティトーの汗を拭きとるマリアは不安そうにアドニスを見つめる。


「呪術でしたら、今頃跳ね返しております。そういった類ではありません。ティトー様自身の体力、気力との勝負でしょう」

「勝負? そんなに悪いのか?」


 憔悴するアルブレヒトに、アドニスは細目をより補足して俯く。


「どうも、体にあるエーテルが不安定です。力と体、エーテルのバランスが上手くいっていないのでしょう。急に魔力が成長し、体が追い付いていないかのようだ」

「それ、魔物の平定のしすぎじゃない……?」

「魔物の、平定?」


 アドニスは初耳と言わんばかりに、首を傾げた。慌ててアルブレヒトが説明を加える。


「教会は魔物を浄化することしか出来ないだろう。だから、ラダの眼でエーテルのコアを視て、その不安定な属性を無理やり平定して、正気に戻していたんだ」

「な! そんな危ないことを、こんな小さな子にさせていたのですか⁉」

「…………それは……」


 視線を外すレオポルトだったが、アルブレヒトが言葉を追い重ねた。


「ティトーには出来る事だ」

「出来る事って、君ね。ティトー様はまだ、6歳でしょう。いきなりコアなんて視て、闘いまでさせるなど」

「エーテルか」


 レオポルトはティトーを視つめると、目をアドニスのように細くした。


「………………」

「おい、レオ。まさか、ティトーのエーテルを? どうなんだ、ティトーは」

「ふむ。確かに、しばらく安静だな」

「おい、レオ! はっきり言えよ」

「要するに、成長したことで体から力が、エーテルが溢れ出ているんだ。過剰に体にたまったエーテル、そのエーテル酔いに、馴れるまではシンドイだろう。それに加え、風邪という身体の異常もある」

「馴れってことは、体内のエーテル力、魔力が高すぎるのってことね。エーテルの成長痛のようなものよ。アルもあったでしょ」

「いや、俺は無かったが」

「どんだけ魔力も体力もあったのよ」


 マリアはティトーの汗を拭きとると、一行に向きなおした。ティトーの額は粒の汗であり、服も汗で濡れているのが見えるほどだ。


「着替えさせるわ。汗をかき過ぎてる。風邪を悪化させるわけにはいかないわ。水分はとってくれたから、しばらく私が見てる。二人は、しっかり頭を冷やすことね」

「二人? どうしたのですか。喧嘩でもしたんですか」


 アドニスの呆れ声に、マリアは一言付け加える。


「そ。久々に、思いっきりしたみたい」


 マリアは二人へ赤く腫れた頬を見せると、出ていくように手を振った。


「では、私はこれで。……何か変化があれば、すぐに知らせて下さい」

「私が伝えに行くわ。こいつら、姿も隠せないみたいだから」

「こいつらって……」


 目線を合わせた二人は、自らの姿に絶句する。魔法が解け、二人とも髪色やアルブレヒトは眼の色までが、素の姿だったのだ。アドニスはため息をつくと、二人へ更に追い打ちをかけた。


「私が来た時すでに、二人とも素の姿でしたよ。気を付けてください。それから、マリアに余り負担をかけないことです。彼女が倒れれば、二人とも自責の念から抜け出せなくなるでしょう」


 何も言い返せぬ言葉を残し、司教は平屋を後にしたのだった。重苦しい気圧が、家を、町を支配する。月の幻影が昼間から輝きを増したが、彼らにはそれを確認する余裕などなかった。

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