番外編②-8 相棒との出会い②


 セシリアは紙切れを探し出すと、それを見せた。漢字ばかりの文字の下、その刀の名は記されていた。ただの紙切れではあるものの、硬いその紙にはところどころに繊維が見て取れるほど、美しい紙だ。黒い、太いインクで描かれたその文字は美しく、目を奪われる。


「麒麟刀」

「なんだって?」

「これは、麒麟きりんと読むのです」

「ほお。お前、景語けいご読めたのか」

「そうですね。何故か、読めてしまいました」

「ああ。そうか読めるのか。お前は半分、ルゼリアの血だもんな」


 ルゼリアという言葉に、何の抵抗も感じなかった少年は、その違和感に首を傾げた。意味も理解できず、レオポルトへ、セシリアは寂しそうに笑みを浮かべた。癖毛をいじりつつ、セシリアはポツリと言葉を零す。


「俺たちの伝達も、ここまでか……」

「え、すみません。今なんて。聞いていませんでした」


 文字に、紙に見惚れていたレオポルトは、その言葉を聞き洩らした。慌てて謝罪するものの、セシリアは案外にもあっさりとした反応だった。


「いや、こっちの話だ。それで、そのってなんだ?」

「麒麟ですか? うーん。わかりません」

「うーん。明日、ルクヴァに聞いてみるか」


 父親を呼び捨てにされても、レオポルトは何も言い返す気にはならなかった。それこそが自然体であり、セシュールらしかったからだ。理由は単純であり、そして明快だ。


「そうですね。部族の隔たりを超え、家族のように接するのがセシュールの民ですから」

「隔たりだなんて。難しい言葉をよく知っているな。息子のアンナも見習うべきだ。しかし、ようやくセシュールがなんたるかを、理解できたか」

「ですが、あなた方からは、敬愛している感じも見受けられません。ケーニヒスベルクを慕うのであれば、王もそうではないのですか?」


 そこまで話すと、レオポルトは首を強く横に振るい、刀を握りながらセシリアへ向かった。心なしか笑みが零れ、柔らかな表情を作り上げる。それは自然であり、そして年頃の少年を思わせる。


「いえ、違いますね。僕は、そう思っていました。恥ずかしながら、本当に僕はセシュール国を、部族民が何であるのかを、何も知らなかったようです。そういう、決まったものでなければならないなんて、そんなことはないのですね」

「ああ。セシュールは自由の国だからな。そんなかたっくるしいもん、捨て去った方がいい。そもそもの概念、存在理由から全てがルゼリアとは真逆なんだ」

「……どうして、父は直接話して下さらないのでしょうか」


 その言葉に、にやにやとした笑みを浮かべると、セシリアは別の剣を手にした。麒麟刀とは違い、洋剣である。スラリと抜き取るその姿は、屈強なタウ族という部族の長に相応しい。


「直接話すより、自分で視て、考えた方が理解できるだろ。お前はラダの子なんだ。視る力においては、俺たちよりも上手なんだ」

「…………自分で視て、考える……」

「ルクヴァも、父親やるのは初めてだろ。父親っていうのは、不器用なもんだぞ。俺もそうだからな」

「僕には、わかりません。父は母を愛していました。今も同じです。それを、僕なんかの為に離婚して、連合王国まで解体してしまった。戦争にならなくて良かったと、何度思ったことか……」

「……おい、レオポルト」


 セシリアはレオポルトを、レオポルトの持つ麒麟刀を指すと、さほど大きな声ではない声色で、普通に言い放った。


「これ、お前にやるわ」

「え。ええ⁉ そんな簡単に……」

「どうせ、ここにあったって、埃をかぶるだけなんだ。だったら、お前が振るってやったらいいだろう」

「僕が、刀を振るう?」

「いいから、抜いてみろ」


 レオポルトは刀を再び受け取った。先ほどよりも重く、圧し掛かるその重みがレオポルトの全身に鳥肌を走らせる。自然と刀を腰へ持ってくると、ゆっくりと刀を抜きとる。その刃の煌めきは少年のエーテルに呼応し、素直に手に収まったのだ。


 エーテルとの、刀との共鳴である。

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