番外編②-2 やくそくのまつり②

 言葉を選ぼうとする息子を見て、ルクヴァは別の本をレオポルトへ手渡した。


「これは?」

「きつねのなみだ」

「伝説の幻獣、聖獣の、我らの狐?」

「ああ。狐に関する絵本はこれしかない」


 絵本と聞き、レオポルトはむっとした表情をさらに浮かべると、その本を無造作に手に取った。


「読んだことは?」

「ない、です。そもそも、絵本なんて、もう読みません」

「そうか。俺は好きなんだがな、その絵本」


 ルクヴァはそう言いながら、ケーニヒスベルクへ手を掲げた。


「これから、タウ族の村を訪れる。お前も来なさい」

「僕なんかの侵入を、彼らは許さないでしょう。行きません」

「祭りに、ラダ族代表として招待されていてもか」

「それは……」


 レオポルトは俯くと、その本を手に取りなおした。


「きつね、ですし。僕は伝説の聖獣、狐の部族民です。断るなんて無礼は働きません。行きます」

「ふむ……」

「それでは、支度をしてまいります」


 レオポルトが自室へ向かったところで、タウ族の村から雄たけびが聞こえだした。恐らく、主はセシリアであろう。控えていた付き人が現れ、片膝をついた。


「あーもう、五月蠅い。セシリアにはコンドルでも飛ばしておいてくれ。ちょっとの連絡でも絶叫されてはたまらん」

「承知しました、ルクヴァ様。返答はいかがなさいますか」

「五月蠅い、で」

「承知しました」


 付き人が下がったところで、レオポルトが見つめていた本を手に取る。


「おおかみさん、ね……。母なる山を、よくもまあ題材にしたもんだ。それでも、こうして伝わってきたのは、この絵本のおかげなんだろう。なあ、そうだろう。ケーニヒスベルクよ」


 ルクヴァはそっとその本を懐へしまうと、奥へと下がっていった。




 タウ族の村は、ラダ族の村からは遠い。それでも、セシュール城からはほど近く、そして一番の要に存在している。それはタウ族が担う、狼族としての使命であるという。


「疲れてないか? ……アンリ」

「はい。ところで、この牛は?」

「牛を持ってこいと、さっき叫ばれたんでな」

「ええ! あの雄たけびって、父上宛だったのですか⁉ 王に対して、なんてことを」


 レオポルトの憤りに、連なっていた一行は大笑いをした。レオポルトは意味が分からず、何故笑われたのかを父に問うた。


「どうして、僕が笑われたのです」

「お前が、セシュールの全部族民を勘違いしているからだ」

「か、勘違い?」

「祭りは、いい機会だったかもしれないな」


 村へたどり着くと、屈強な男たちが出迎えに現れていた。遠くから雄たけびが上がり、嫌でもタウ族の村であることがわかる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る