⑦-3 それは最奥に眠る③

「ティトー! どこなんだ、ティトー!」


 雨が止まぬ森で、男は少年のハンカチを握りしめていた。木の枝に括り付け、地面に刺してあったのだ。ティトーは場所を動いてしまった。この雷雨だ。想定されたことではある。


「畜生、視界が悪い!」


 アルブレヒトはティトーの名を叫ぶものの、すぐに雷鳴によって搔き消されてしまう。


「ティトー! ティトー‼ クソッ」


 自己犠牲に身を置く者は、すぐにそういう無茶をするのだ。知っていたことだ。嫌というほど、昔の日に味わっていた事だった。苦虫を噛み殺すように、歯を食いしばるしかなかった。


 大戦後、全てを知り、後悔は嫌というほどしたのだ。ただの夢ではなかった全てが重く圧し掛かると、アルブレヒトを捕えてしまった。離さず、離すことの出来ぬその痛みは、重圧となり、男を縛り付けたのだ。


 それでも尚、男は歩み続ける。過去と向き合うために。



「どこだ、ティトー! 俺だ、迎えに来たぞ!」


 返答はなく、ただ空しく声が森へと消えていく。


「…………‼ なんだ、洞窟……?」


 アルブレヒトの眼下に、突如洞窟が現れると、そこには小さな木の枝にタウ族特有の紐が括り付けられていた。恐らく出会った再会の町で手渡された紐だろう。であれば、置いたのはティトーだ。


「ティトー、無事でいてくれ」


 祈るように呟き、アルブレヒトは胸から銀時計を取り出した。全ての始まりではないにせよ、ティトーは銀時計を持っているはずだ。そして、手渡したお守りも所持している。


「迎えに行くと約束したんだ。待っていると、そう約束をした。その約束を、俺は二度も違えることは出来ない、許されない。否、それは俺の問題だ。そんなことはどうでもいいんだ、あいつさえ無事ならそれで……」


 洞窟は鬱蒼としており、奥からは生温かな風が吹き込んできていた。そう、昔と変らずにそこにあったエーディエグレス。それを囲む森。その真実を知る者はごく僅かであろう。


「あいつがここに入ったなら、因縁か、それとも……」


 今は見えない存在を、自身の都合の良い解釈をしてしまう。その傲りは時としてプラスに働くが、マイナスに働く事もあるのだ。


「入ったのなら、きっと泣いて。のに。迂闊だった、エーディエグレスがどういう場所なのか、俺は知っていたじゃないか」


 アルブレヒトは目を閉じると、ゆっくりと息を吐き出し、ゆっくりをその大気を吸い込んだ。


「ティニア、どこに居るんだ!」


 返答はない。それはわかっていた。ただ、叫ばずにはいられなかったのだ。アルブレヒトは、洞窟の奥へと進んでいった。

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