⑥-7 時計の町①

 大陸一国境が一番緩い町、それが目的地である約束の町ではある。その手前の町、時計の町へが目下に迫った。

 活気あふれる街は、セシュール国とフェルド共和国の国境沿いにあることから、獣人も多くが出入りしている。国境とはいえ、ルゼリアとの国境とは丸で違い、関税はおろか荷物検査もないのだ。当然ではあるが、申請も許可も必要ない。

 ただただ、名ばかりの門番がいるだけの国境なのだ。セシュールとフェルド共和国の友好の証でもある。


 聖女一行が町を訪れるという知らせは既に届いており、数名の神官が町の前で待機していた。


「聖女アレクサンドラ様!」

「神官ナターシャ! 良かったですわ。見知った顔がいることは、何より嬉しいです」


 ナターシャと呼ばれた女神官は景国式に首を垂れた。神官の挨拶は何故か景国式の部分が多いが、景国は関係がないと貫いている。


「はい、このナターシャ、アレクサンドラ様がおいでになると聞き、慌てて参上仕りました。こちらは神官のアレクです」

「アレクです。アドニス司教より、アレクサンドラ様をお迎えするようにと仰せつかっております」

「聖女アレクサンドラ様。それでは一度ここで」


 髪を茶髪に染めたレオポルト=アンリは深々と首を垂れた。その景国式のお辞儀は神官にとっては嬉しいことのようであり、自然と表情が綻んだ。


「アンリ・ラダ・チェイニー様ですね。ここまで護衛の任、ありがとうございます。ここからは我々も同行致しますが、引き続き護衛の任の程宜しく御願い致します」

「神官アレク殿、此方こそ宜しくお願い致します。宿屋の件ですが……」


 レオポルトは普通の事のように会話しながら、神官アレクと肩を並べて話し出した。

その様子にティトーも安心したのか、手に持った荷物を張り切って運んでおり、その異変を誰も気付くことが出来なかったのだった。





 一行は紹介された宿屋ではなく、教会が保有する一軒家にて宿泊することとなった。二部屋あり、部屋割りは前と同じくアルブレヒトとレオポルト、そしてマリアとティトーである。ティトーはマリアと風呂に行けると楽しみにはしゃいでいた時だった。


 外は薄暗くなり、雨が降り出したのだ。巨大な月の幻影が見えなくなるとすぐ、雷が轟を見せた。


「失礼します」

「どうされましたか、神官アレク殿」

「少々雨が降り続くと予報士が申しており、明日の出立を遅らせたいのですが」


 アレクは少々困った表情をしているが、それのその筈。一週間後の式典に、聖女を迎えると大々的に報じてしまったのだ。


「ラダ族の意見として」

「ああ、ラダ族は大気のエーテルも見えるのでしたね」

「ええ。明日は午前中は晴れて、午後から雨になると思いますので、午前中に移動できてしまえば問題ありません。その後はしばらく雨模様になると視えます」

「なんと! それは助かります。では明日……」

「ケホケホ、失礼」

「いえいえ。では明日の」

「ゲホ、ゲホッ……」


 レオポルトが咳き込んでよろけると、ティトーのはみるみる青ざめた。その様子に、異質さを感じたアルブレヒトが慌てて駆け寄る。


「おい、大丈夫か!」

「だ、大丈夫だ、ゴハッ」


 鮮やかな鮮血が、床板を揺らす。


 そして繰り返し嘔吐するかのように、レオポルトはその鮮血で床を濡らした。

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