⑥-7 時計の町①
大陸一国境が一番緩い町、それが目的地である約束の町ではある。その手前の町、時計の町へが目下に迫った。
活気あふれる街は、セシュール国とフェルド共和国の国境沿いにあることから、獣人も多くが出入りしている。国境とはいえ、ルゼリアとの国境とは丸で違い、関税はおろか荷物検査もないのだ。当然ではあるが、申請も許可も必要ない。
ただただ、名ばかりの門番がいるだけの国境なのだ。セシュールとフェルド共和国の友好の証でもある。
聖女一行が町を訪れるという知らせは既に届いており、数名の神官が町の前で待機していた。
「聖女アレクサンドラ様!」
「神官ナターシャ! 良かったですわ。見知った顔がいることは、何より嬉しいです」
ナターシャと呼ばれた女神官は景国式に首を垂れた。神官の挨拶は何故か景国式の部分が多いが、景国は関係がないと貫いている。
「はい、このナターシャ、アレクサンドラ様がおいでになると聞き、慌てて参上仕りました。こちらは神官のアレクです」
「アレクです。アドニス司教より、アレクサンドラ様をお迎えするようにと仰せつかっております」
「聖女アレクサンドラ様。それでは一度ここで」
髪を茶髪に染めたレオポルト=アンリは深々と首を垂れた。その景国式のお辞儀は神官にとっては嬉しいことのようであり、自然と表情が綻んだ。
「アンリ・ラダ・チェイニー様ですね。ここまで護衛の任、ありがとうございます。ここからは我々も同行致しますが、引き続き護衛の任の程宜しく御願い致します」
「神官アレク殿、此方こそ宜しくお願い致します。宿屋の件ですが……」
レオポルトは普通の事のように会話しながら、神官アレクと肩を並べて話し出した。
その様子にティトーも安心したのか、手に持った荷物を張り切って運んでおり、その異変を誰も気付くことが出来なかったのだった。
◇
一行は紹介された宿屋ではなく、教会が保有する一軒家にて宿泊することとなった。二部屋あり、部屋割りは前と同じくアルブレヒトとレオポルト、そしてマリアとティトーである。ティトーはマリアと風呂に行けると楽しみにはしゃいでいた時だった。
外は薄暗くなり、雨が降り出したのだ。巨大な月の幻影が見えなくなるとすぐ、雷が轟を見せた。
「失礼します」
「どうされましたか、神官アレク殿」
「少々雨が降り続くと予報士が申しており、明日の出立を遅らせたいのですが」
アレクは少々困った表情をしているが、それのその筈。一週間後の式典に、聖女を迎えると大々的に報じてしまったのだ。
「ラダ族の意見として」
「ああ、ラダ族は大気のエーテルも見えるのでしたね」
「ええ。明日は午前中は晴れて、午後から雨になると思いますので、午前中に移動できてしまえば問題ありません。その後はしばらく雨模様になると視えます」
「なんと! それは助かります。では明日……」
「ケホケホ、失礼」
「いえいえ。では明日の」
「ゲホ、ゲホッ……」
レオポルトが咳き込んでよろけると、ティトーのはみるみる青ざめた。その様子に、異質さを感じたアルブレヒトが慌てて駆け寄る。
「おい、大丈夫か!」
「だ、大丈夫だ、ゴハッ」
鮮やかな鮮血が、床板を揺らす。
そして繰り返し嘔吐するかのように、レオポルトはその鮮血で床を濡らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます