⑥-6 不穏な予兆②

 15分程休むと、ティトーは落ち着きを取り戻した。大丈夫といったレオポルトの容態も安定しており、咳き込む素振りは無い。


「長く戻らなければ、皆が心配する。大丈夫か」

「おにいちゃんこそ」

「大丈夫だ」

「サーシャおねえちゃん、治せないの?」


 ティトーは兄と手を繋ぐと、サーシャの治癒術を頼りにしたいと話した。しかし、それで済むのであれば内緒にしている必要はないのだ。


「ラダ族に多く、セシュールの民に多い。仕方のないものだ」

「そんな」

「ティトーは、今までそういった症状はないのだな」

「うん」

「そうか、良かった」


 何が良かったのか。6歳のティトーですら、それが良いとは思えない。レオポルトは陰ってしまったティトーを励まそうと、無理に微笑む。元々笑う事が少ない彼が笑う事で、より一層ティトーの心を揺さぶった。


「アルにだけは、話さないでくれ」


 レオポルトは念を押すが、ティトーは頷かない。


「どうして、話さないの?」

「それは……」

「話せない理由があるなら」

「ティトー! レオ!」


 茂みからアルブレヒトが現れる。傍らにはマリアも控えていた。二人とも心配した表情で二人を迎える。


「どうしたのよ、遅いから心配したわ」

「すまない。遅くなった。それより、聖女を置いてきたのか?」

「あ、いや……」

「アルブレヒト。幾ら君の身内だろうと、保護対象を一人にしてはいけない。すぐに戻ろう」

「あ、ああ」


 アルブレヒトは浮かない顔をしたティトーに気づき、手を差し伸べる。ティトーの右手は、レオポルトと繋がれたままだ。自然と、レオポルトの繋ぐ手がギュッと力が入る。他言するなという合図であろう。


「どうした、ティトー。川に落ちそうになったのか?」

「う、うん。その、ごめんなさい」

「ティトーは悪くない。俺がよく見ていなかったのが原因だ」


 レオポルトは一瞬ギュッと強く手を握ると、手を離してしまった。そのまま、茂みかき分けていくと心配そうなサーシャがキャンプ地点のバリアを張っていた。


「心配しましたよ、御無事で何よりですわ」

「申し訳ありません。聖女様を置いていくなど」

「私が二人で行くように進言したのです、アルのせいじゃありませんわよ」


 サーシャはそういうと、浮遊魔法でキャンプ道具を片付けだした。その優雅な動きに、ティトーだけでなくマリアたちも圧倒される。


「よくやるのか? 後片付けなんて」

「うーん。そういう訳ではありませんけれど、普段だと何もさせてくれませんのよ。だからこういう雑用が、私はやりたいのです」

「雑用って。聖女なんだから、神官にさせたらいいじゃない」

「いえ、私がしてしまうと、許可した神官が罰せられてしまうのです。黙ってした所で同じなのですわ」


 サーシャはそういうと、手慣れた手つきであっという間に整えると、亜空間袋へ一気に移してしまった。


「はい、これで終わりですわ」

「サーシャ、君は凄いな。風と地の初期魔法の動きが滑らかだ」

「私から見ても凄い滑らかだわ。どうやるのよ」

「神官達のほうが上手いのですわ。それを真似ていただけですの。ほら、聖具も扱いますでしょう、神官は。壊れたら大変なことになってしまいますからね」

「歴史的価値も高いものね、聖具は」


 マリアは教会で神官にスカウトされていたらしく、 ”神官にちょっと興味が出てきた” と話したが、アルブレヒトはあまりいい顔をしていなかったのは、また別の話である。

 


 幻影がいつもより大きく見えるその日は、生暖かい風が吹き続けていた。その幻影を異常であると感じる者は世界にほとんど存在しない。なぜなら、彼らが生まれる前から、幻影は空に浮かんでいたからである。

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