④-12 バルカローラ④

「そうだよね。びっくりしただけだよね」



 アンリは未だに熊から目線を外さず、熊を睨み続けている。



 ティトーの金色の瞳を見ているのは、熊と、そしてグリットだけだ。



「退いてください。 お願いします。大丈夫、僕らは切り刻んだりしません。引いてください」


 熊は後退りをはじめ、ゆっくりと後退していく。アンリもそれに合わせ、ゆっくりと後退すると、剣から手を離した。それでも、アンリがすぐに剣を引き抜けることを、グリットは知っている。



「熊さん!」


 ティトーはグリットを振り切って、アンリの前まで出ようとした為、アンリは慌ててティトーを止めようとしつつ腕を広げた。それでも、目線は熊から外されていない。


「驚かせてごめんなさい! 薪なんて拾わなくていいんです! お願いします。僕らはもう行きますから……」


 すると、熊の背後の草陰から、子熊が二頭も顔を出したのだ。


「やはり、母熊だったか」

「お腹蹴っちゃってごめんなさい! みんなも、ごめんなさい!」


 ティトーは丁寧にお辞儀をしながら、首を垂れた為アンリが慌てて前へ出たが、熊はそのまま踵を返した。熊も警戒を止めておらず、ゆっくりとした動作だが爪が立ったままだ。


「熊さん」

「ティトー、前へ出すぎるな」


 熊はそのままゆっくりと振り返ったのは、子熊が立ち止まったからだ。すると、ティトーは手を掲げて金色の光を放った。


 瞳の煌めきも金色である。



 眩い光の泡は、熊の腹部へ到着すると、吸い込まれて消えていったのだ。


 熊は何事もなかったかのように、子熊たちを導くと、ゆっくりと森へ帰っていった。




「ふはぁ」


 ティトーが力なく項垂れると、慌ててアンリが体を支えた。


「ティトー! なんて無茶を」

「だ、大丈夫だよ! 昨日みたいに、そこまで力、使ってないよ。お兄様が加減して、蹴ってくれたんだね」

「ティトー……」


 グリットは二人へ駆け寄りながら、周囲を警戒したが周囲に敵意はない。

 駆け寄ろうとしたティトーは、慌ててグリットを呼び止めた。


「グリット、待って!」

「どうしたんだ」


 ティトーが指を指すと、地面には花が咲いていた。紅く細長い花びらが放射線状に咲く花だった。


「良かった、踏まなくて」

「フックスグロッケンか」

「フックスグロッケンっていうの?」

「何を言っているんだ、グリット」


 アンリはもうグリットの呼び名を間違えることは無かった。


「この花は、キツネノカミソリだろう」

「それは景国けいこくの呼び名か?」

「いや、セシュールうちでの名はシュネーグロッケンだ」

「シュネーグロッケン? アンリ、それは白くて項垂れた花じゃないか。この花じゃない」


 紅く放射線状に咲く花は、そのまま風に揺られて咲き誇っている。


「シュネーグロッケンって、ルゼリアやヴァジュトールではスノードロップという花ですか? 図鑑で見ました」

「ああそうか。国で呼び名が違うのか。いや、でも色も違うだろう?」

「いーや。この花はキツネノカミソリ、またの名をシュネーグロッケンだ!」


 アンリは譲らないと言わんばかりに、腕を組んだ。


「じゃあ、セシュールではシュネーグロッケン。スノードロップを何て呼ぶんだ」

「レーゲントロプフェンだ!」

「どこが雨粒なんだ!」

「なんで、喧嘩しちゃうのー!」


 賑やかに、三者は旅を続ける。

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