④-8 在りし日の面影④
パチパチと轟いでいた、森に響き渡っていた焚火の音がゆっくりと無音になると、ティトーはその身に重圧が襲うのを感じた。
「巫女選定の儀?」
グリットは俯き、炎をぼんやりと眺めたまま立ちすくんでいる。
「巫女というのは、とある一族にのみ伝わる職業みたいなものだ」
「職業。お仕事なんだね」
「そうだ。そして、治癒魔法、治癒法術。そのどちらの力も強く、強靭な肉体の持ち主にだけ、大巫女に選定される」
「おかあさんは、おおみこだったの?」
ティトーは涙を瞳に溜めることなく、はらはらと頬を伝わせた。まだ六歳にとって、見知らぬ母の存在は大きかったのだ。アンリはその涙に釣られまいと、口を鈍く閉める。
「じゃあ、大巫女に選定されたら、僕はお母さんの子供だって、証明できるの?」
「巫女に選定されるだけでも、証明は出来る」
「問題は、大巫女の場合だな」
グリットはそう言いながら、薪をくべていった。バチバチと音が鈍く発せられ、静かになった。遠赤外線と言われる、淡い炎と共に、柔らかな暖かさが伝わってくる。
「大巫女だと、問題なんですか」
ティトーは不安そうに尋ねるが、グリットは微笑みながらティトーを見つめた。
「どっちにしろ、巫女に選定されただけなら、ティトーはアンリお兄ちゃんと兄弟だってことの証明になるぞ」
「大巫女に選定されたら、どうなるんですか! はぐらかさないでください」
グリットはアンリを見つめたが、アンリは無言のまま炎を見つめている。
「教えてください。アンリさん!」
「大巫女は」
ぱちぱち、かちかちと音が鳴る。
獣の鳴き声と、風による木々の騒めき。
霊峰ケーニヒスベルクは黒き影となり、幻影だけが幅を利かせる。
「地位だけでは、ルゼリア王に匹敵するんだ」
「え…………」
「過去、巫女と結婚しようとした王が、特別に力のあった巫女に与えた、そういう地位なんだ。彼女は異民族で、しかも平民の出だったという。地位を与えて、自身と同じ権力を持たせ、彼女と結婚したんだ。そうでなければ、彼女は教会の聖女として、一生を捧げることになっただろう。その時から始まった巫女制度だ。ただ、大巫女でさえなければ、結婚なんて叶わなかった。そうであれば母はッ」
「アンリ……」
アンリは悔しそうに項垂れると、頭を抱えてしまった。
「地位を上げるためだけに、与えたんですか?」
「いや、初代の巫女、大巫女はかなりの力を持っていたというよ。ただ、母は大巫女でありながら、その地位を放棄していた。……戦争になるからな。ただ、今の一代、大巫女も巫女も母だけだった。それを教会も、世間も許さなかったんだ。王族や、家族でさえ……」
ティトーは衝撃によってが息を飲む音以外、何も聴き取れなくなった。アンリの言葉の最後まで聞き取ることは出来なくなり、その場に立ち尽くした。
黒雲が立ち込めるものの、周囲は幻影によって明るく、天候も悪化することは無く、重圧の風が森へ注ぎ込んでいった。
ただ、静かに木々が囁き、葉を揺らすだけであったのだ。
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