③-10 噴水の町③
「タウ族の守護獣ってなあに?」
「タウ族かい。よく勘違いされとるが、奴らは狼様じゃよ」
「タウ族が狼なんだ」
「それでもなぁ、タウ族はラダ族が好きじゃからのう。皆知っとるが、ラダ族の狐様も同様に信仰してるんじゃ」
「きつねって?」
「おや、お前さん狐を知らんのかい」
「ごめんなさい」
ティトーはしょんぼりすると、両手の指をつつき合っていた。それを見た老婆は、一冊の絵本を取り出した。随分と古い。
「こいつは売り物じゃあないんじゃが」
「すごく古い御本だね」
「ああ。こいつは約1000年以上も前じゃ。ネリネ元年のな」
「ネリネ、がんねん……」
「今年で945年じゃが。後15年で1000年祭じゃな」
「もう、そんなに経つんだね」
「うむ。それでな、この本は……」
老婆は近くのテーブルへ少年を誘うと、本を丁寧に捲った。所々虫に食われている本は、童話ではなかった。
「こいつはね、ちゃんとした歴史書なんじゃ」
「歴史書……」
「およそ1000年前まで、ルゼリアは帝国を名乗っておってな。それを買えたのが、ほら。初代王ゲオルク様じゃ。知っておるか」
「うん。ゲオルク一世・リオン・アンリ・フォン・ルージリア様」
「そんなに長かったかのう。そんで、この方の奥方、妃がこの方じゃ」
「民詩阿」
少年の言葉に、老婆は一瞬驚きたじろいだがすぐに話し込んだ。
「そうじゃ。閉ざされた国、景国から大陸へ渡ってきた初代聖女様じゃ」
「大巫女も兼ねてらっしゃったんですよね」
「そうじゃな。むしろ、大巫女が正解じゃよ」
「真の名をミン・シア。そして嫁ぐ為に養子に入ったゼルフィート家は、そう。あの聖女ニミアゼルを輩出したとされる家系じゃ」
「だから、聖女って呼ばれるんですか」
老婆は唸ったのちに、更にページを何枚か捲った。やはり虫が齧った後が目立ち、穴だらけで所々が読めない為、老婆は挿絵を指さしながら語った。
「聖女様なら結婚は出来ん。女神に仕え、女神に操を捧げるんじゃ。詳しい事は説明せんから、さっきの保護者の男に聞くといい。そんでな、この王になる筈だったゲオルク一世様が彼女と恋に落ちたんじゃ」
「え、でも聖女じゃ」
「そう、そこで新設されたのがこれじゃ」
「大巫女制度」
「そうじゃ」
老婆は地図をひっぱりだすと指を指して少年に教えてやった。
「ここのメサイア神殿が女神の信託を聞き、そして聖女の儀を行う場なんじゃが」
老婆はそのまま指を東へもっていった。
「ここじゃ。巫女のオーブがあるんじゃ。その時代にいらっしゃったケーニヒスベルク様が二人に協力したと言われておる」
「え!? ケーニヒスベルク様って、山じゃないんですか」
ティトーは驚いて声を上げたが、老婆は特に気に留めない。
「若い子はわからんじゃろうて。そうじゃのう…………。ケーニヒスベルク様の話は、皆が忘れていってしまうんじゃよ。だから、ケーニヒスベルク様は山を降りてこられなくなったんじゃ……」
「そうなんだ。山と同じ名前の人がいるんだね」
「いや、坊や。そうじゃないんじゃ」
老婆は外へ出ると街路からケーニヒスベルクを掌で指した。
「あの本も虫に食われすぎて読めないじゃが、およそ1000年前まで、ケーニヒスベルク様という方が居られたのじゃ。ルゼリアが信仰する女神と同じようなもんじゃ。ワシらにとっては女神さまじゃよ」
「女神様……」
「千年前に、ケーニヒスベルク様はルゼリアの皇帝と盟約を交わした。そして王家を確立すると共に、帝国制を壊されたのじゃ。そうして、フェルド共和国が誕生したんじゃ。セシュールはセシュールじゃったがな」
「
「それは流石にわからんが。本に書いてあるかのう」
老婆は本へ戻ると、ゆっくりとページを捲ったが、ついにページの穴は酷くなっていった。
「むう。読めんのう……」
「約束したんだ。その全てを守るように願いを込めて」
「うん? とにかく、二人が結婚するには元からあった巫女より最上位にある、大巫女という制度を作れという事じゃった。そしてシア様が初代大巫女のになられれば、王と結婚してもいいくらいの地位に上り詰められたのじゃ」
ティトーは目を潤ませると、慌てて袖で拭った。それに老婆は気付かず、そのままページを捲って読めないかどうか見ていた。
「地位が大事だったんだね」
「そうじゃ。特に、帝国制を敷いておったからのう。坊やはどこかへ向かうのかい」
「お兄様に会いに、北東を目指すのです」
そうか、と短く呟くと老婆は寂しそうに本を閉じた。大切そうに本棚へ並べた。
「北東には」
老婆は広げたままの地図を指さした。見れば、所々に文字の付け足しがある地図だ。
「大巫女継承の儀で使われる神殿は、ケーニヒスベルク様の神殿なんじゃよ。そして、その神殿には狐が沢山掘られ、祀られておるのじゃ」
「狐……」
「うむ。伝説の幻獣、それが狐様じゃ。ラダ族の守護獣であり、ケーニヒスベルク様なのじゃ」
ティトーは店先のワゴンへ向かうと、本を熱心に選んでいたがすぐに老婆へ聞き返した。
「ケーニヒスベルク様の御本はないんですか」
「あってもロクなもんじゃないよ。ルゼリアの連中や教会の弾圧があってな」
「…………グリフォンも、弾圧されてました」
「そうじゃな。ルゼリアの連中はグリフォンを知らぬ。ヴァジュトールの紋章ですら、鷲だと云ったり獅子と云ったり。おかしいと思わんのかね、連中は」
ティトーはハッとすると、すぐに童話の表紙を並べていった。どれもこれも、おおかみさんと書かれている。
「……………………だからなんだ」
「うん?」
「タウ族さんは、必死に伝えようとしてたんだね……」
「坊や、あんた一体…………」
ケーニヒスベルクから柔らかな風が町へ降り注ぎ、町の奥へと走り抜けていった。その風上から視線に気づき、ティトーが振り返るが誰も居ない。すぐにティトーは本の表紙へ目を走らせ、グリットが迎えに来るまで立ち尽くしていた――――。
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