③-9 噴水の町②

 翌朝、少年ティトーが目を覚ますと、グリットはすでに起きて銀時計を眺めていた。その表情は幸せそうであったが、すぐに自分が抱きしめて眠っていた銀時計の袋がグリットの傍らにあることに気付いた。

 グリットは徐にその銀時計を口元へ運ぶとキスをしていた為、ティトーは大声で叫び声をあげた。ティトーはすっかり目が覚め、顔を真っ赤にして頭を抱えていた。


 すぐにバタバタと足音が聞こえ、宿屋の店主がドアをノックしているが、隣の部屋だ。


「お客様あああ! どうかされましたかあああ!!」

「………………」


 返答はなかったが、すぐにグリットがドアを開けて店主に頭を下げると店主はすぐに階段を降りていった。


「脅かすなよ、どうしたんだよ」

「いや、だって。だって、銀時計……」

「あー。見てたのか。悪い、綺麗だったもんで」

「綺麗って、同じの持ってるじゃん!」


 ティトーは銀時計の袋を慌てて拾い上げると、手のひらを差し出した。ヤレヤレとグリットが銀時計を手渡そうとしたものの、ティトーは考え込んで受け取らない。


「どうした」

「いやだって、キ……」

「あー。坊ちゃん…………子供だなあ」

「ぬわわわわわ!」


 ティトーは顔を真っ赤にすると、いそいそを着替えるために壁にかかった服を手に取った。それを見て笑いながら、グリットは銀時計をテーブルに置くと下へ降りていった。


「むむむ…………。僕の銀時計なのに――――。むむむ~」



 🔷



 朝食を終えると、二人はすぐに町へ繰り出した。昨日は薄暗くわからなかったが、町は確かに広い。


 いくつもの露店と、店舗のある店があちこちにあり、出店として店先に並んでいる商品もある。活気があるのだ。


「再会の町で作ってる野菜もここに並ぶんだぞ」

「そうなんだ! 復興の人たちもすごいんだね」

「復興事業の野菜は無料だけどな」

「すごいね!」


 ティトーの機嫌はすっかり元に戻っており、本を買おうという男の申し出に三度も頷いた。本屋は露店ではなく店舗であり、軒先には無料と掲げられた本が大量に積まれていた。この本が獣人たちの置いていった私物で、本屋はそれを獣人たちから無料で引き取ったのだ。

 セシュールで物の交換は普通に行われており、特に本は殆どが譲り合いである。


「御本がこんなにいっぱい!」

「良かったな。すみませんが、少しの空いたコイツが本を選んでいても構いませんか」


 店内からは高齢の老婆が現れ、こちらも三度頷いた。


「三回って、何か良い事があるの?」

「そうさねえ~。丁度ここに書いてある、おまじない特集なんてどうだい」


 老婆はひ孫と接するように、笑みを零しながら接客というより、介護されていたが、その光景がほほえましかったため、老婆にティトーを預けて買い物へ向かった。というより、やることは一つだ。


「じゃあティトー、また30分後に来るからな」

「うん! おばあちゃんと御本選んでる!」


 ティトーは御本のタイトルと読むと、老婆にあらすじを聞いていた。


「また狼さん!? こっちは……猫と鼠か~」

「セシュールはそれぞれの部族が獣を崇めとるんだよ。守護獣っていうんだ」

「守護獣?」

「そうさよ。フェルドの獣人たちは先祖返りや血の濃い連中だから、セシュール人にとってば崇める信仰の種族ってことさ」

「だからセシュールとフェルドは仲が良いんだね」

「そうなんじゃ。でも崇められてもから、程々にする様にってケーニヒスベルクさまが仰ったそうじゃ」


 グリットは聞いていたい老婆の話を振り切ると、町の中心地を抜けていった。それを横目で見つつ、ティトーは老婆の話をウキウキしながら聞いていた。

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