③-11 噴水の町④

「悪い、遅くなった。……どうした?」

「ううん。なんでもない。本が決められなかったの」


 グリットが本屋へ戻ってきたのは時間通りであったが、ティトーの様子からすぐに謝罪を入れた。ティトーは首を横に振ると、グリットの荷物の一つを持ち上げた。


「中身はパンですか!?」

「パイだ。知人に会ってな、焼いたばかりだというのを頂いてきた」

「そいつぁ、レオニ―さんじゃないかね」

「よく知ってますね、御婆さん。レオニ―さんですよ。旦那さんと知り合いで」

「ああ。そうと分かっていれば、お使いなど頼んだんじゃが」

「すみません、言わなくて。お礼にパイを一切れどうぞ。俺らじゃ食べきれないので」


 グリットはティトーに持たせた紙袋を持ち上げると、テーブルに出して見せた。ベリーが散りばめられたパイだ。恐らく、ティトーが食べれなかったパイを探していたのであろう。

 老婆は特製茶葉と交換でパイを戴くとケーニヒスベルクへ祈りを捧げた。貰い物なのに茶葉は貰えないと返そうとしたグリットだったが、その光景に何も言わずに茶葉を紙袋へしまった。


「じゃあ、宿屋へ戻ろう。御婆さん、ありがとう」

「おばあちゃん、また来るから御本の話聞かせてね」

「また明日に選びに来るといいぞ。無料のじゃなくてもいいんだ」

「ありがとう。奥の本はまだ見てないんだ。ふふ、パイ凄くいい香り」


 ウキウキのティトーだったが、浮かれすぎて転ばないようにと足元ばかりを見た帰路となった。すぐに部屋へ向かい、お湯を差し入れてもらうと紅茶を入れて楽しんだのだ。緩やかな日中は、そのままお昼としてのんびりとした時間を過ごしていた。


 だからこそ、目線は聞き耳などに気付く余裕はなく、油断しきっていた少年は常に本音を駄々洩れさせていたのだった。

 そうしていると、ウトウトと眠りが誘ってくる。窓の外の蝶々がティトーを眠りへと誘ったのは自然なことだった。

 

「少し寝てろ。俺は剣の手入れをするから、五月蠅いかもしれんが」

「ん、わかった。おやすみなさい……」


 少年は直ぐに微睡みへ足を踏み入れると、熟睡してしまった。それが魔法であるという事を、少年は分からない程、自然な眠りだったのだ。


 グリットはティトーが眠ったのを確認すると、すぐにドアを開けて向かいの部屋のドアをノックした。


「眠ったよ」


 数秒の沈黙ののち、そのドアがガチャリを開いた。現れたのは白い肌に薄い茶髪、緑の瞳の青年だった。酷く痩せているが、腕等はしっかりと筋肉が付いている。


 青年は促されるように、グリットたちの部屋を訪れると、眠りこける少年に近づいた。


「魔法が適正だったみたいで、すぐに眠ったよ。心地よかったみたいだ」

「……やはり、属性が合っている。という事なのか」


 冷めた様な声色は、透き通って入るものの酷く冷めている。


「俺も、大旦那たちもそう判断している。お前の兄弟で間違いない」

「タウ族からも聞いているが」


 少年の微睡みが心地の良い声を捉え、脳裏へと送る。


「こんな子供が、僕の弟なわけがない」


 少年はビクンと体を呼応させ、慌てて飛び起きた。その様子に、グリットは慌ててティトーへ駆け寄るが、すぐに青年の腕によって止められる。


「寝たふりじゃないか。僕を騙したのか」

「いや、確かに眠って……」


 ふわり、と魔法のエーテルの風が部屋を轟くと、閉まっているカーテンがゆっくりと揺れた。そして、青年の髪は白く銀に光輝き、目は緑に煌めいていた。左目には眼帯があり、青年はすぐに眼帯を外した。


 眼帯の奥からは深淵に煌めく、少年と同じ青い瞳が覗く。肌は更に白く、アルビノの青年は瞳以外のすべてが、白で銀であったのだ。

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