③-3 その知識を得た先に③

「わあ。いっぱいお店があるんだね」


 ティトーは浮足立ってあちこちをキョロキョロしては、店主に笑われていた。ティトーはそんな店主にニコニコしながら、店が素敵なことと、商品について尋ねていった。たかが露店でもそれなりにがあるのだ。悪い気分はしないだろう。


「あ、ご本だ!」

「そうか。ティトーは文字が読めるんだよな」

「うん、ルゼリアと、セシュールの言葉は勉強したよ。ちょっとだけ違うんだよね」

「そうなんだ。少しずつな」


 店主はお勧めの本を紹介したが、やはり絵本ばかりだった。


「セシュールの、神話とか童話はありませんか!」

「そうさねえ、なんてどうだい」

「グリフォン! どんなお話なの!」

「そいつぁ読んでからの楽しみだ!!」


 店主はここぞとばかりに色々な絵本を出してきた。そのほとんどがタウ族のである。恐らく店主はタウ族だ。声もでかい。


「うーん。でも」

「どうした? 欲しいなら」

「お兄さんに会う所まで行かなきゃだもの。お荷物だよ」


 ティトーは足元の小石を蹴り上げると、しょぼくれたように俯いた。店主もそんなティトーを見てしょぼくれたようにガッカリと肩を落とす。


「なんだ、そんなことなら本は俺が持つよ。うーんそうだな、読みながら行けばいいんだ。一冊買ってやるから選ぶと良い」

あんちゃん偉いな! さぁ、坊ちゃん選びなよ! 割引してやるぜ」

「う~ん」


 ティトーは一冊一冊表紙を眺めると、唸りながら別の一冊を手に取った。決めかねるティトーに、グリットは声をかけてやった。


「買い物してくるから、ここで選んでな。店主、いいか。30分程で戻るが」

「ああ。問題ないぜ。誰かいたほうが、本も売れるしな!」

「え、でも買い物の手伝いが……」

「そんなのいいから、選んでな。じゃあまた後でな」

「うん!」


 少年は目をキラキラさせると、店主に本の挿絵を見せてもらっていた。20分ほどで買い物を終えて戻ると、少年は店主の横に座ると熱心に本を読んでいた。


「戻ったぞ。店主、ありがとうな」

「何良いってことよ。坊ちゃん大人しいから」

「何を選んだんだ?」

「それがなぁ」


 ティトーはグリットに気付かずに夢中で本を読んでいるが、なんとそれは在庫処分に置かれていた植物図鑑だったのだ。


「なんでまた、植物図鑑……。絵本じゃなかったのか」

「いやぁ、俺もそういったんだがな。これが良いんだと。在庫処分で無料だって言ったら、夢中で読み始めてな」

「在庫処分? まだ新しいじゃないか」


 そこまで話し、グリットはハッとして店主へ訪ねた。そう、大戦後のアレである。


「まさか、植物の多くが死滅してると?」

「死滅まではいかないが、分布数が極端に減ってるらしい。セシュールうちの学者たちが調べようにも、商売以外の国境超えが制限されてるらしくてなあ、研究も進まないままだそうだ」


 店主はそういうと、奥の図鑑類の山を指さした。そこには植物図鑑だけでなく、自然関連の書籍が摘まれている。


「なるほど。図鑑の内容も変わっていくのか」

「そうなんだ。それでも、まだ種はくすぶってるだろうから、土地が改善されたらまた生えてくるだろう。一応、勉強にはなるぞ」


 グリットの見つめる視線に漸く気付いたティトーは、本をたたむとキョロキョロと周囲を見て驚いてみせた。


「あわわわ、ごめんなさい。お買い物終わったんですか」

「ああ。本はリュックにしまうといい。また後で読もうな」

「うん。本をありがとう、おじちゃん」

「なあに、またな! 坊主達者でな!」


 ティトーは本をグリットにリュックにしまってもらうと、グリットの荷物に手を伸ばした。


「いや、これは大丈夫だ」

「そうなの?」

「重いからな。魔物が来たら投げるから、分厚い革袋に入れてるんだ。ティトーは荷物を守ってくれな」

「……うん」

「魔物、怖いか?」


 ティトーは目指している町の入口を見つめ、悲しそうな表情を浮かべて立ち止まった。


「動物と、何が違うのかなって」

「変わらないよ」


 グリットはティトーの頭をぽんぽんぽんすると、肩を寄せてやった。


「エーテルが不安定になってるだけだ。元々人を襲って食らう習性を持つ動物を魔物って言ってただけなんだ。教会の手法だよ」

「え。じゃあ、本当に動物と変わらないんだね」

「そうだ」


 ティトーは目を潤ませると、頑張って手を振りながら歩きだした。グリットもそれに続く。二人の距離は離れたが、すぐに近づいた。ティトーの歩みは子供並みだからだ。


「獣人だって、魔物に家族を襲われた奴もいる。それでも、心は複雑だろうな。あいつらは先祖返りが強いと言われているだけなんだ。その為にも、環境を改善させてエーテルを安定させなきゃいけない。大地だけじゃないってことさ」

「そうなんだ。僕、何も知らないや」


 町を出るところで、ティトーは振り返ると街並みを眺めた。グリットはティトーに立ち止まるように促し、一度立ち止まった。街の奥にはルゼリアがある。


「ほんとうに、セシュール国なんだね。ここ」

「そうだ。大丈夫だ、な」

「うん」

「なぁ、ティトー。お守りをやるよ」

「おまもり?」


 グリットはしゃがみこみながら、ポケットから紙に包まれた袋を取り出した。無造作に包まれた其れは、包み紙でグリット自ら包んだことを指す。


「たまたま見つけたんだ。持っててくれ」

「開けてもいい?」

「ああ」


 ティトーは丁寧に包みをあけると、中から緑色の石が埋め込まれたリングが出てきた。


「これ、指輪? おっきいけど」

「いや、指輪じゃない。対になってて、セシュールでの迷子防止のお守りなんだ。石が共鳴して、お互いを結ぶんだと」

「ふうん。これ、どうするの? 指にはめるの?」

「服やカバン、リュックにつけたらいい。セシュールだと紐を持っているから、それで結んだりしていたな」

「そうなんだ。今は貰った紐に通して、首に掛けていてもいい? 失くしたくないから」

「ああ、いいぞ」


 グリットはティトーから手渡された紐にリングを通すと、ティトーの頭から被せ、首に掛けてやった。


「わあ。ペンダントみたい。ありがとう、グリット!」

「そうだな。ペンダントみたいになったな」

「へへ。うれしい。ありがとう!」


 軽やかにステップを決めるティトーは、町を出た。が、魔物の襲来は町を出て5分と待たなかったのだ。

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