①-16 それは、微睡みの中に眠る①
宿屋の女将が玄関を開け、ウロウロと落ち着かない。彼女の様子が大旦那の平常心を奪っていった。
雨も風も、先ほどから街を容赦なく殴りつけていく。
「ごめんなさい、お店が濡れてしまうのに」
「それは構わない。少し座って休んだらどうだ」
「うん、そうね」
女将が入り口近くのテーブル席に座った。大旦那はカウンターから出てくると、扉を締めた。
店内は雨で多少濡れたものの、営業に問題はなさそうだ。
「この雨風じゃ、復興作業も中止だろうな。早めに引き上げてきて、明日早くに作業を開始することに成るだろう。夜の仕込み、そろそろしないとな」
「たぶんこの雨は、そうなのよね」
「どうだろうな。あくまで迷信でしかない」
「………………卵、どうしようかしら」
「忘れてた。……他のもので、代用しよう。魚か肉を多めにして。きっと皆雨に濡れただろう、スープでも作って」
「あら? 明るく……? え、晴れてきた?」
「ん? 本当だ、雲がもう流れていって居るな」
大旦那が玄関を開けると、既に空は明るくなっており、合間から光が差していた。
ある程度の雲はまだ空にあり続けてはいるが、急ぎ足でセシュール山脈に飲まれていく。
二人にしかわからない願いと共に。
「!! おい、タオル、あと湯を沸かせ!」
「どうしたの? あ!」
グリットが少年を抱えたまま走ってくるのが見て取れた。女将が慌てて厨房に向かった。
「どうしたんだ、雨に打たれたにしては……」
大旦那はすぐに異変に気付き、抱かれた少年を見て眼を細めた。酷いアザと、少年はひどく青白く、唇は紫に染まっている。グリットは黙り込んだまま、食堂に入ることなく入り口で立ち止まった。
「馬鹿なにやってんだ! 早く入れ!」
大旦那は慌ててグリットを店内に押し込むと、扉を閉める前に外を睨んだ。人の気配はない。
鍵を掛けると、グリットに向き合った。この男が息切れをしているなど、あの時以来だ。少年のように青白い顔をしており、今にも倒れそうだ。
「おい、早くタオル! いや、俺が持ってくる! 二階の空き部屋に連れて行け!」
グリットは無言のまま、少年を抱きかかえて、立ち尽くしている。震えている。
「大丈夫だ! 早く連れていって、寝かせてやれ。しっかりしろ!」
「すまん」
その謝罪は誰向けられたのか、どんな感情で、どんな意味があったのか、大旦那に考える余裕は無くなっていた。
グリットは少年を二階へ連れて行った。ギシギシとなる階段の嘆きは、その場の誰にも届かない。
大旦那が部屋の扉を開け、グリットがベッドに寝かせた。
酷い傷だ。服は泥だらけであり、至る所は破かれるか、切り刻まれている。
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