①-15 モーント・ラジアル②

「汚ない手で、触るな」

「はあ? 何だお前、正義の味方か何かか。ブプハッ」

「……聞こえなかったのか、警告はした。全部置いて失せろ」

「ハァ?」


 一瞬だった。ナイフが男の手から落ち、地面に音を立てて転がった。ナイフはすぐに蹴り飛ばされ、壁際に転がった。それとほぼ同時に、金貨を持っていた男の腹に、鈍い音が走った。少年は地面に落ちることなく、大切そうに抱きかかえられている。

 少年は、ほとんど何も感じられず、動くことも出来なかった。


「……大戦復興のため、ラダ族の族長の息子が、各地で頭を下げて回った。そして平野の町でも頭を下げ、更には隣国フェルド共和国にまで出向き、頭を下げた。ここは、そいつへの敬意で溢れている。家族への食糧支援の為、各地から集まった、情に篤い、むさ苦しいやつらしかいない」

「……な、なに言ってんだコイツ」

「そいつらは、お前らのような奴らが復興と称して町に現れ、蹂躙するのを、快く思うだろうか」

「………………」


 刹那、二人の男が崩れ落ち、最後に立っていた男も膝をついた。少年は抱きかかえられたままだが、全く動かない。


「セシュールの民族たちに報告すれば、祭り好きやつらは瞬く間にお前たちへ押し寄せるだろう。そして、大国ルゼリアをも上回る力を駆使し、お前らを徹底的に排除するだろう」


 焦げ茶色の猫のような癖毛の男、グリットは腰から剣を抜いた。そう、男はまだ剣を抜いていなかったのだ。狼狽した男たちは、剣の存在をここで初めて知ったのだ。


「お前らはよそ者だな。セシュール民族の恐ろしさを、何一つ理解していない。しつこいぞ、件の民族は。地の果てまで追いかけ、守護獣の名の元に制裁を加えるだろう。風詠みにより、お前らのエーテルを記憶し、地の果てまで追い詰めることも出来る。彼ら民族の能力を侮るなよ」


 グリットの発言を最後まで聞くことなく、ごろつきの集団は逃げ出していた。

 少年はグリットの片手だけで抱きかかえられていた。少年の顔が青白いことに気づくと、グリットは剣を捨て両手で抱きかかえた。



 空は、ずっと黒く重いままだ。




「おい、大丈夫か」



(………………? なに?)




「わかるか、起きるんだ! 寝るな」



(……目がかすんで、よく見えない)



「おい、しっかりしろ」



(なに……? ……何か、いってる…………? だめ、わからない)




「なんで、お前、こんな」



(ねむい)



「おい、頼む、しっかりするんだ」




(なにか……そうだ、たぶん)



「おい、寝るな、しっかりしろ」




 雷鳴が光り出した。ポツポツと音を立てて水が滴り落ちてくる。

 風が吹き荒れ、ついに天から雨粒が滴り落ちてくる。

 グリットの叫びだけが虚しく響いていく。



(どうしたんだろう、すごくからだが、おもたい。すごく、あたまが、おもくて、ねむ……い…………)



 「……………………!」



(だめ。もう、きこえない。みえない。さむい。ねむい……)



(ちがうの、たぶんね、そうじゃないんだ)


 風が音を立てて荒れ狂い、容赦のない雨が音を立てて殴りかかってきた。雷鳴が辺りを照らし、音をかき消す。




「おおきな……あ………………」




 意識は遠のき、ついに少年は意識を失ってしまった。


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