①-14 モーント・ラジアル①

 空が一気に暗くなり、どす黒い雲が空を覆った。太陽が完全に見えなくなり、巨大な月の幻影が完全に視力を失ったのだ。少年は空を見る余裕がないため、それらの一変に気付いていない。先ほどから何も考えられていない。ずっと走っているのだ。


 立っているのも困難なほどの睡魔、そして激しい頭痛と恐怖が少年を襲っていた。喪失感が少年を包んでしまい、そのまま惚け、歩き続けていたのだ。

 気付いたときには、すでに町の風景はただの瓦礫であり、町が元は大きかったことを物語るのだが、少年はそんなことに気づくことも出来ない。



 辛うじて立っている家の所々にヒビが入っており、住人がいないのが見て取れた。来た道を戻ろうとすると、物陰からニヤニヤ笑みを浮かべた男たちが数人現れた。


 そして、少年に荷物を置いていくように言ったのだ。慌てて走り出したものの、男たちはずっと少年の後を追いかけてくる。明らかに人相が悪い彼らは、町の人たちとは明らかに雰囲気が異なっていた。


 夢中でどれだけ走り続けても、町の風景は廃墟のままだ。少年は目の前が瓦礫で通れないことを察知し、大きな瓦礫の前を右に曲がった。が、前は行き止まりであった。すぐに戻って左に行くものの、そちらも行き止まりになっていた。立ち止まった余波で足が一気に多くなり、息が完全に上がっている。吐き出しそうだ。


「はっ、は……」

「よう、かけっこはおしまいか?」


 小刻みに小さな細身の体を震わせ、立ち尽くしてしまう。どうして油断してしまったのか。あれほど屋敷を出るときに、気を付けるように言われていたのに。

 小さな怪我ですらしないように、切り傷ですら気を付けるように、と。願い、すがるように抱きしめられ、旅立ったというのに。どうして。


 男たちは、うずくまる少年のリュックを掴み、強引に引っ張った。逃げようとした少年の肩の根本から紐がちぎれ、衝撃で少年はその場に崩れ落ちてしまった。激しい頭痛が起こり、目の前が霞んだ。男たちの手が光っており、それがナイフだということがわかった。

 恐怖で体が動かなくなってしまった。声も出ない、呼吸の仕方がわからない。


「さて、中身は……」

「お、なにこの袋。うっわ、すっげえ重量……。え、ルゼリア銀貨じゃん! おお、金貨も入ってやがる」


 男は袋の中身を、傍らにいた男の手のひらに出して見せた。数枚の銀貨、金貨が地面に落ちて音を鳴らす。前の村でもらったチョコレートで出来た硬貨までもが、地面に落ちている。


「返して!」


 男に這いつくばろうとした少年を、ナイフを持った男が蹴り上げた。


「汚ねえガキには必要ないの、わかる? 俺達には必要なんだよね~」

「う…………」


 少年はこの時、リュックから出された銀に輝くそれを、見逃さなかった。


「なんだこれ、すっげー、銀製! ほんもの?」


 男が取り出したのは、銀製で出来た懐中時計だった。


「だ、だめ!」

「すっげ、なにこれ。鷲獅子? ヴァジュトール所縁のなにかか? うーん……なんか掘ってあるが、文字か? これ」

「わかんねえ、でも高く売れそうじゃん」

「あれでもこれ、壊れてない? 懐中時計っていえば、ほら。パカッて開く奴だろ?」

「なんだこれ、ボタンもないじゃん」

「やめて、返して!」



(痛い、痛い。でも…………!!)



「だいじなものなの!」


 手を伸ばした少年を、金貨を持っていた男が再び蹴り飛ばした。少年はひるまずに踏みとどまったが、もう一度蹴り上げられてしまった。男の手のひらの硬貨が音を立てて地面に落ちていった。

 ついにリュックはナイフで裂かれ、中身が散らばった。貰ったパイの布が、地面に落ち、刺繍も茶色く変色していく。


「や‥だ‥・・それだけは、かえして……」


 時計をもった男が、含み笑いをしながら少年の胸倉を掴んだ。苦しさに男の腕を掴もうとした少年の小さな手が、虚しく力を失う。




 その時、確かに風が止まっていた。

 全てが白であり黒であったはずだった。

 何も聞こえないのだ。

 不気味な静寂は、夜のように薄暗くなった。


 見えない月の幻影が、不気味に紅く燃え上がるように――。





「触るな」


 抑えられた、しかし重みのある声が下りてきた。

 男たちは慌てて振り返ると、そこには焦茶色の長身の男がいた。

 背の高い男は、両肩を震わせ立っていた。目が座っている。

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