①-17 それは、微睡みの中に眠る②


「お前、怪我は? いや先に体を拭け。俺が見てるから、着替えてこい。風呂は…………」

「俺は、いい。……女将に、頼んで、拭いてやって…………傷の具合みて、……出来れば治療を」

「医者は呼んでも良いのか」

「…………」

「おい、アル。しっかりしろ。大丈夫だ。確かに怪我は酷いようにみえるが、エーテルはしっかり視える。お前のエーテルの方が酷いぞ」

「…………悪い」


 グリットの言葉に力がこもっていない。女将が慌ててタオルと着替えを持ってやってきた。

 女将は少年の怪我を見て、絶句してしまった。すぐにグリットの頭目掛けてタオルを投げつけると、きびきびと指示を出した。


「アル、あんたせめてその濡れた髪を拭き取って。それから着替えてきなさい。余裕があるなら、出来ればお風呂にいって。風邪を引いてこの子にうつしたら、承知しないよ」

「……ああ」


 グリットが素直に自室に戻ったのを確認すると、女将が少年の傷を見つつ、服を脱がせていった。


「セシュール織のケープマント、嬉しそうに羽織っていたのに。こんな、酷い。破かれるだけじゃなく、泥だらけで」

「町内に染屋も織屋もいる。代用で満足できるかはわからないが、この子にとっては特別だったはずだ。俺から頼んでおく」

「お願いします。すぐに体だけでも拭いてあげたいの。お湯を別の桶にあけてあるから、白いガーゼと一緒に持ってきてくれない? 厨房に置いたままなの」

「わかった。 治療の知識はちゃんと学んでおくべきだったな。他にいるものはあるか?」

「…………着れそうな服を。出来れば切りたくはないのだけど、濡れてるから」

「切るも何も……。そうか、ハサミ、か」

「悩んでる場合じゃないよね」

「ああ」


 女将は少年のケープを丁寧に脱がせると、服に手をかけた。下に着ているのは、ルゼリア製の質のいい布地であったであろう。泥で変色しているが、ところどころで赤く染まっている。


「酷い…………」


 女将は服を脱がし、タオルで優しく泥をふき取った。外傷はそこまで酷くはないようだが、至るところで内出血しているようだった。少年が受けた傷は、ほとんどが打撲痕なのだろう。

 大旦那が部屋に戻ってくると、桶を床に置き、ガーゼを横のテーブルに置いた。


「悪いんだけど」

「どうした、まだ何か必要か?」


 ガタンと音がなり、グリットが部屋から出てきて部屋をのぞき込んでいる。多少は正気に戻れたようだ。


「あんたたち、出てってくれる?」

「「えっ」」



「あんたは食材の仕込み。肉はもう捌きださないと、間に合わないわ。スープにするなら、ちゃんと長時間煮込んでよ。グリットは野菜洗っておいて」

「え、俺も? いや、しかし……」

「グリットの料理が壊滅的なことくらい、わかってるわよ。野菜を洗うくらいはやりなさいよ。本当、緊急時は使えないんだから」

「え、ちょ……」

「いいから早く出て行って! 邪魔よ!」


 女将の剣幕に圧され、使えない男どもは部屋から追い出されてしまった。


「お、おい。大丈夫なんだろうな」

「だ、大丈夫なんだろう、信じるしかない。あいつの威勢は虚勢じゃない。確かに、仕込みはもう始めなければ、スープは間に合わないな。突然営業を辞めれば騒ぎになるし、晴れたって雨に打たれただろう。早く食べて休みたいさ」

「……そうだな」


 グリットは廊下から窓の外を見た。すっかり空は晴れており、月の幻影が輝いている。


「おい」


 階段を下りていたグリットに、後ろから大旦那が声をかける。大旦那の表情はかなり怪訝であり、ひどく呆れている。


「お前それ、裏返しだ」

「え」

「ばーか、お前ここで着替えるな! 階段で、おいこら、だから邪魔なんだと」


 慌てて着替え直すグリットを追い越し、大旦那は自身の両頬をひっぱたいた。

 忙しくなるぞ、と呟いて。

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