①-11 価値を知るもの③

(どうしよう)


 が、先頭の後ろの者は付き添いであり、一緒に列を離れていってしまった。すぐ前のワンピースの女性の番となった。もうこの女性のやり方で覚えるしかない。怖くて仕方がなかった。


 少年は集中して、ワンピースの女性を凝視した。それ故、突然肩をつつかれてしまったことに驚き、大きな声をあげてしまった。優しくトントンとされたにも関わらず。


「ひゃっ」



 振り返ると、オレンジ色の糸で丁寧に縫われた刺繍の花と動物が、目の前に広がっていた。腰につけられているエプロンが、目の前にあったのだ。三つ編みの若い女性が、自分目線に屈んでいる。エプロンの裾についているレースが地面に付き、砂が付着した。


「ねえ、その革袋に入れるの?」


 女性は革袋を指さした。


「え、あ、はい。そうです。あの……」


 驚いて声が裏返り、震え、口をつぐんでしまった。異国民の自分が水を汲んでもいいのか、そもそも本当に無料なのか、そもそも飲んでもいいのか、井戸の使い方もわからない。

 次々と不安が湧いてでてしまい、言葉にならない。


「あれは水の勢いが強いの。この間、調整されてしまったの。だから、革袋に入れたいなら桶とかに一度汲んで、水差しに移してから注いだ方がいいよ。そのまま入れようとしたら、水が溢れてこぼれてしまうし、服なんて濡れちゃうと思う」


 少年はエプロンの刺繍を見つめ、女性の顔をなるべく見ないようにしていた。女性はその目線に桶を持っていき、桶を軽く指で弾いた。


「桶、持ってないのでしょう。うちに水差しがあるから、私の桶で汲んでいって、そこから入れてあげられるよ」

「え」


 前の女性が水を汲み終え、少年の番が来ていた。女性の後ろには、今も六人ほどが並んでいる。迷っている時間もなかった。


「すみません、あのお願いできますか」


 少年の言葉に、若い女性は笑顔で二度、頷き返した。勢いよく頷いたことて、二本の三つ編みが勢いよく跳ねた。若い女性は自らの桶を地面に置き、長いレバーを上下させると、水が勢いよく出てきた。


「わあ、すごい。びしょ濡れになるところだった」


 少年はハッとし、エプロンを一瞬見つめながら言いなおした。


「いえ、濡れるところでした」


 三つ編みを揺らながら、女性は笑っていた。軽々と片手で桶を抱え、住宅街を指さした。


「じゃ、ついてきて。こっちよ」


 少年は三つ編みの女性の後についていくことにした。よく見れば、編み込んであるリボンにも刺繍も施してあり、エプロンの刺繍と同じオレンジの糸だ。黄色かもしれないし、リボンとエプロンの色はお揃いなのかもしれない。


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