①-12 価値を知るもの④

 案内された家は広場のすぐ裏手であり、赤煉瓦が可愛いこじんまりとした木製の家だった。屋根の煉瓦は所々が新しく、つい最近立て直されたように見える。


 窓が多く、そのほとんどに植木鉢が見え、可愛らしい花が見える。玄関前で少年を待たせると、すぐに水差しを持ってきた。女性は革袋を受け取ると、零さずに満たしたのだ。


「あら。見た目に関わらず、結構入るのね。はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

「飲んだらまた入れられるから、ゆっくり飲んで大丈夫よ。喉、乾いたでしょう? あ、この玄関の椅子はうちのだから、座ってもらっていいからね。今日はやっと晴れたし、なにより良い風もあるから気持ちいいよ」

「……あ、お金」


 少年は慌てて背中のリュックを下ろそうとしたが、女性は三つ編みを左右に揺らしながら、優しく微笑んだ。


「やだ、お金だなんて……。それこそ、タダの水よ? ふふ、ルゼリアじゃあるまいし」

「え、水ってお金がかかるものじゃないんですか!」


 少年の言葉に、女性は一瞬目を見開いたが、すぐに優しく見つめ返した。ここで少年は初めて女性の顔を見た。


 青い瞳は空の色と同じで、淡くはあるものの透き通っていて、どこか懐かしく、うるんでいた。少年の瞳も青くはあるが、それとは違う青色であり、澄んでいる青色だ。


「あの井戸のお水はね、地下水脈からくみ上げているの。地下水は当然、大地からのお恵みでしょう。誰のモノでもないの」

「だれのモノでもないって、みんなのモノってこと?」

「そうよ。有り難いなって思ったらね、お金を払うより山へ祈ったり、大地に感謝するといいよ。今日は霊峰ケーニヒスベルクが、特に綺麗に見えるしね」


 女性は手のひらで、山々を指してくれた。屋敷を出るときは遙か遠くに見えていた山々が、ずいぶんと近い。


「そっか、ここはもうセシュールだった」

「ええ、そうよ。・・・・ねぇ、ルゼリアの方から来たんでしょう?」


 ルゼリアと聞き、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。


「その帽子つきケープ。ルゼリア側の国境の村へ、私が作って贈ったものなの」

「え!?」


 少年は驚いて、また声をあげてしまった。盗品だと思われてしまったかもしれない。



「布も糸から染めて、全部織ったわ。刺繍も糸から染めて、全部手作り。それに、一着一着違ってるの。染める花も全部私が摘んだのよ」

「…………あ、あの」

「おばあさんは元気だった? 大丈夫よ、あの人の事だもの。断っても、あげるあげるって聞かなかったんでしょう」

「え、どうして、知って……」

「ふふ、よく知っている方なの」


 女性は瞳を潤わせた。


「……とっても素敵な方でした。おじいさんと、いつも手を繋いで、仲良くお散歩されてました」

「まあ、ほんと!? 良かった二人とも、歩けるようになったのね」


 女性は安堵を浮かべ、山へ向かい、胸に手を当てて一礼した。

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