第1章10話 戦闘開始 悠vs艮

艮は発生させた黒い霧から30体以上もの人獣型・キメラ型を呼び出した。


 「お前との戦いを楽しみたいからな。周りのやつに戦いを邪魔されると興が冷める。相手はこいつらで十分だろう。」


 「さぁ俺との戦いに集中しろ。悠。」


艮が召喚した魔物たちは艮の合図と同時に一斉に四方八方に飛び散り、団員や各国の大臣たちを襲い始めた。魔物たちは師団長たちには目もくれず一目散に大臣たちのもとへと襲い掛かったが、氷室がすぐに2階席を氷の壁を生成して大臣たちに被害が出ることはなかった。


 「彩音。止めているうちに大臣たちを避難させろ。」


 「かしこまりました。皆様、今のうちに別室へお逃げください。」


しかし、氷室は召喚された魔物に違和感を覚えた。


 「おい悠。こいつらなんかいつもよりしつこいぞ。」


普段なら氷漬けにすれば完全に動きを止めることができるはずの魔物が、氷を自力で突き破って襲ってきたのだ。氷室が生成する氷は、通常の氷とは異なり火炎放射器を使ったとしても溶けることなく重機を使っても壊れない氷である。そのため、キメラ型とはいえ生身の魔物が簡単に壊せたことに氷室は驚きを隠せなかった。


 「そうだろう。こいつらは俺の同僚によって改造された特別製だ。師団長であってもそう簡単に倒せねぇよ。」


 「そうか、涼介兄。」


 「なんだ悠?」


 「そいつらの動き2秒だけ止められる?」


 「動きをか?できるが2秒だけでいいのか?」


 「うん。大丈夫、数がこれだけなら2秒もあれば十分だよ。おいで『桜』。」


悠は2メートル近くある両端に片刃の刃がついた薙刀のような武器を呼び出した。


 「なるほどそういうことね。了解。」


氷室は、悠が呼びだした武器を見て納得したのか悠の指示通りに召喚された魔物の両足を凍らせて動きを止めた。

悠は氷室が魔物の動きを止めたことを確認すると、桜を右肩に担ぐように構えて技を繰り出した。


 『桜刃流双身術さくらばりゅうそうしんじゅつ こぼれ桜』


悠の繰り出した技によりその場にいた艮以外の魔物は一瞬にして首を斬り落とされた。悠が30体以上いた魔物を全て倒し切るまでにかかった時間は、構えてから1秒弱であった。


 「全滅だと。悠お前何をした?」


 「別にただ切っただけだよ。改造したって言ってたけど身体能力と身体硬度をあげたって感じだろ。涼介兄の氷を突き破った時に傷ついた拳が治ってないのが見えたから治癒能力はついてない。だから、切れさえすれば倒せる。そうだろ?」


 「いいなぁ。そうこないとな。」


その後、お互い少しの間一定の距離を保ち互いの出方を伺い、氷室の氷が床に落ちたのと同時に戦闘が開始された。


 「氷室師団長!」


その頃、2階席から避難していた翔たちは1階に降りてきていた。


 「!翔なんで降りてきた?」


 「すみません。何があったのかと師団長としての悠の戦闘を近くで見たくて。悠は今何をしたんですか?あれだけいた人獣型やキメラ型が一瞬で。」


 「何ってさっき悠も言ってただろ。ただ1体ずつ順番に切っただけだよ。」


 「それだけですか?」


 「まぁ、強いて言うならあの双身刀を使った剣術によるものだろう。『桜刃流双身術』それが双身刀を使う時に悠が使う剣術の名前だ。」


 「『桜刃流双身術』?」


 「桜刃流双身術の特徴は、捌きと柳を得意とし攻撃は不規則な連撃を主とする。そして、相手が複数の場合の特に力を発揮する剣術だ。」


 「どういうことですか?」


 「まぁ、口で説明するより見たほうが早いな。悠を見ていろ。」


翔たちが見たのは艮のかぎ爪や噛みつき攻撃を双身刀の刃を使ってを使って捌く悠の姿だった。だが、翔はそんな悠の姿を見てある違和感を抱いた。


 「なんか悠、次の攻撃がわかっているように捌いてませんか?」


 「!本当?そんなことできるの?」


 「まぁ、普通は出来ないだろうな。悠は普通の人に比べて感覚器官が鋭いからな。その感覚器官を駆使して相手の次の攻撃を何パターンか予測し合わせる。それが桜刃流双身術の捌き技『流し桜』だ。」


それを聞いた翔たちは悠に目線をやると、捌き続ける悠の太刀筋はより洗礼されていき、やがて艮の攻撃は当たらなくなっていった。


 「ですが、なんで双身刀なんですか?双身刀は扱いにくいはずですから悠さんが腰に差している刀や双身刀に似ている薙刀の方がいいのでは?」


 「確かに双身刀は扱いにくい。全師団員の中でも双身刀を使用しているのは両手で数えられる程度だからな。それでも、悠が双身刀を扱いのは間合いを自在に変更できることと刀や薙刀と違い両端に刃がついているからだ。」


 「間合いと両端の刃ですか?」


 「あぁ、それこそ長く持って薙刀のように長いリーチを生かしたり逆に短く持って一気に相手の懐に入り込んだり、懐に入り込んだと思わせて反対側に刃で切ったりと多種にわたる攻撃ができる。まぁ、あそこまで自在に扱えるのは今のところ悠だけだけどな。」


悠と艮の攻防は加速していき、千秋と京子は全く目で追えなくなっており向日葵は所々追えなくなり翔は何とか見えるほどになっていた。


 「相変わらず悠坊の太刀筋は美しいわね。惚れ惚れするわ。」


 「あぁ、一片の迷いのないいい太刀筋だ。」


 「若いっていいのう。」


 「流石悠君ね。私が認めてあげてるだけはあるわ。」


翔らが気づくとそこには全師団長が揃って悠の戦闘を観察していた。


 「相手も決して弱くはねぇな。的確に隙を突こうとしているし、一撃もらうだけでも崩される危険性がある。」


 「あぁ、だが相手が悪かったな。相性も良くない。」


艮の攻撃も一撃一撃が当たれば致命傷になるほどの威力がある。両手から発生させる黒い霧からの魔物の召喚も厄介であることに変わりはない。だが、感覚が洗礼された悠に対しては当たることはない。


 「クソっ!当たらねぇ。おい悠、このまま守り続けるだけか。第1師団長も大したことないな。」


艮はそう言って再び黒い霧を発生させようと掌をかざすが、ある異変に気付いた。


 「なんでだ、霧が出せねぇ。」


 「自分の掌をしてみろ。」


艮が自身の掌の紋を見ると小指の付け根から親指の付け根にかけて一太刀入れられていた。


 「お前の黒い霧の発生させれていたのはその紋様があるからだろ。その掌の陰陽の紋から黒い霧を発生させてたのが戦闘を通してわかったから捌いてる最中に一太刀入れた。」


 「!あの攻防の最中にそんなことができるわけ。それに、お前俺の攻撃を防ぐことで手いっぱいだったはず。」


 「実際できたから切られているんだろ。ちなみに守っているだけだと思ったら大間違いだぞ。攻撃を捌きながらお前の攻撃パターンやフェイントの癖、タイミングなんかを観察してたんだよ。それらをしていたうえで、お前の掌の紋に攻撃を与える隙を伺ってたってわけ。」


 「まぁお前にはいろいろ聞きたいことがあるからな殺しはしない。人語を話すだけで貴重だし。幹部ってことはいろんな情報持ってるだろ。さてと、まだやるかい。」


圧倒的だった。敵幹部それも陸王の眷属にほとんど傷を負わず勝つなんてその場にいた誰もが思いもしなかった。各師団長や東部の重鎮を除いては。


 「霧が出せなくなった程度で勝ったつもりか。お前のその剣術は捌きや柳は見事なものだが決定打はないだろう!」


艮は、構えていなかった悠に勢いよく飛びかかっていった。


 「まるで野生の獣に戻ったみたいだな。知性のかけらも感じない。」


悠は一呼吸置いて


 『桜刃流双身術 乱れ桜』


瞬時に艮の懐に入り込み目では追えないほどの速度で連撃を艮の胴体に叩き込んだ。艮は後ろへ吹き飛んで壁に激突し致命傷を負い、その場に倒れこんだ。


 「確かに『桜刃流双身術』は捌きや柳が得意だが決定打がないとは一言も言ってないぞ。むしろ、決定打くらい用意するだろ。」


艮はピクリとも動かない。


 「って聞いてないか。彩音、こいつを拘束して総司令の所で尋問するから手配してくれ。」


 「わかりました。すぐに。」


拘束しようと艮に近づいたとき、発生するはずのない黒い霧が発生した。


 「あれ~?なんで師団長を殺しに来た艮ちゃん死にかけてるの?」


発生した霧から見知らぬ人語を話す両腕が地面につきそうなほど長く上半身は羊のように頭に角が生え白い毛で覆われ、下半身は高いハイヒールと何かの動物の皮で作られた巻きスカートをはいた人獣型が現れた。

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