第13話

 翌日。

 南陽家を後にした。

 家を出る時に「今日も帰ってきてくれても良いのよ」と鈴ママに声をかけられたが、流石にまずいよなーと思ってまともな返事はしなかった。気持ちとしては今日もお世話になるつもりはない。これ以上迷惑をかけるというのは私の中にあるちっぽけなプライドが許さないのだ。

 鈴と登校する。

 不思議な気分だ。

 まずこんな朝早くに制服に身を包んで外を歩いている。これが不思議。夜中に制服を着てあることはあったけど……って、変態プレイじゃないからね! 勘違いしないでよ。ライトノベル作家として、制服で外を歩く感覚を思い出したい時にしてただけ。ある種の取材。

 興奮してたとか、そういうのは神に誓ってないと言える。

 で、もう一つ不思議なのは隣に私の作ったキャラクターが居るという点。これの方がわけわかんねぇ。でも顔が良すぎてどうでも良いかぁってなる。完璧で最強で究極で最悪なルッキズム。


 「今日はいやーなかんじになんないといいね」


 隣を歩く鈴はそう言って笑う。

 今日もあるのか勿忘祭の打ち合わせ。

 まぁ時間もないししょうがないのか。


 「だね」

 「といーうかさ」

 「ん?」

 「日菜ちゃんは本とかすごく読んでるじゃん」


 そういえば三川日菜は読書愛好家らしい。

 クラス全体で打ち合わせしている時でさえ、本を読むほどに本が好きなのだそう。

 最近の子にしては珍しい。


 「書くのには興味ないの?」


 ビクッとしてしまった。

 油断していたところにこういう話をぶち込んでくるんだもん。

 ビックリするなって方が無理難題だ。

 私は笑みを浮かべる。ちゃんと笑えているとは思えない。

 多分引き攣ってる。


 「なんで?」

 「うーん、なんとなく?」

 「そっか。興味はないかな。だってさ、難しそうじゃない。書くのって」


 興味がなかったらライトノベル作家なんてやっていないのだが。それはそれ、これはこれ。

 変なことして中身が違うことがバレても困るし。

 興味ないですよー、みたいな素振りを見せておく。

 それに難しいと思っているのは事実。

 ただ文字を書いていく。それだけでも難しいのに、考えることが多すぎる。どこに伏線をいれて、ここは文字のバランスがおかしいから違う表現を使って、これは表記揺れしてるから統一して……と、やろうと思えばキリがない。

 商業作家になれば手伝ってくれる人はそこそこいるが、趣味でやるとなれば全部これを一人でやらなきゃならない。なんなら話を組み立てるところから。

 気の遠くなる作業だ。


 「たしかに、むずかしそー」

 「でしょ。だから書くのはあんまりかな。読むのは好きだけどね。色んな言葉知れるし」


 普段使わないような言葉を知ることができる。ボキャブラリーを増やすことができる。たかがそれだけのことって思うかもしれないが、私にとっては十分本を読む理由になる。だったカッコイイでしょ。難しい言葉使ってたら。と、少し厨二病っぽい感情が表に顔を出した。

 でも真面目な話、本を読むことで言葉の知識を得る……使えなくても良い。頭の中に言葉の意味を蓄える。それだけで生きていく中で恥をかく機会はうんと減る。

 わからない言葉が出てきた時に「それなんて意味ですか」って訊くことがなくなるからだ。

 憶え得である。

 そんな他愛のない会話をしながら、構内へと足を踏み入れた。

 鈴が明確に私へ興味を持ってくれている。

 ただそれだけのことなのに、嬉しかった。


 クラスは昨日の空気感を引き摺るというようなことはない。

 互いに干渉しないことで、ピリピリした空気から遠ざけている。

 傍から見れば『普通』だ。

 もっともこれは第三者から見た感想でしかない。

 本人たちからすればまた違う感想を抱くのだろう。

 だから、良かった仲直りしたんだ……なんて甘ったれた思考は一切ない。むしろ状況としては悪いよなぁと思いながらぼんやりと授業を受けていた。

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