第12話

 あの後、鈴にこう言われた。

 ――私のことも名前で呼んでよ。って。

 自然な流れかなと思った。

 だから「鈴」って呼び捨てで呼んでみた。そしたらなぜか照れ始めたのだ。なんでよ。呼んでって言ったのそっちじゃん。

 そんな反応をされてしまえばこちらだって気にしていなくともなんだか恥ずかしくなってしまう。

 まぁとにかくそういうわけで鈴のことは鈴と呼ぶことになった。

 で、鈴と今なにしているのか。

 ざぶーん、という水の音。

 カシャカシャカシャカシャという泡の音。

 そう、私たちは今お風呂に入っている。

 二人で、風呂に、入っている。

 大事なことなので二回言いました……の代わりに読点を無闇矢鱈に使ってみました。

 それはそうと白いすべすべの肌が目に毒だ。事故を装って腕を触ってみるとツルツルしすぎてて、するっと指が滑る。なんだこれ。

 ポニーテールの鈴しか知らなかったが、髪の毛を下ろすと清楚感が際立つし、天真爛漫さよりも華麗が際立つ。

 でも胸は小さい。可愛いサイズ感。二次元キャラクターとは思えない。

 手で簡単に覆うことができそうな大きさ。それでも二次元キャラクターなのは間違いない。だからか、やけに形が整っている。

 所謂美乳ってやつだ。

 その美乳を眺めていると、鈴はパッと両手で隠す。彼女の爪、指、手の甲が私の視界に入り込んで、胸は姿を消した。


 「えっちすぎんかー、このこのー」

 「べ、別におっぱいみてないし」

 「私なんもいってないぞー」

 「あっ……」


 鈴の癖に生意気だ。

 私を罠に嵌めるだなんて。

 もしかしたらこの世界の鈴は私の知っている鈴よりもうんと頭が良いのかもしれない。

 いや、それはないか。

 物心つく前って言葉すら知らないのに頭がよいわけがない。

 偶々。きっとそう。


 「私もお湯つかっちゃおー」


 鈴は声を弾ませながら、狭い浴槽に入ってきた。

 保温されたお湯はじゃばーんという音と共に逃げていく。


 「せっまー」


 ケラケラと楽しそうに笑った。

 鈴の肌が水中で密着する。ふくらはぎとふくらはぎがぶつかりあって変な気持ちになる。

 人肌にこういう形で触れるのって何年ぶりだろうか。

 思い出すことすらできない。


 「ほぼ成人女性二人がこうやって入ることを作ってる側は想定してないだろうからねー。そりゃ狭いよ」


 面白いことを言えたら良かったのだろうが、そういうユーモアは生憎持ち合わせていない。だから正論が入ってくる。

 こういうことを言いながら、自分ってつまらないやつだなーと思う。


 「だよねー」


 自身が嫌悪している中、彼女はなにも気にしない様子で楽しそうに過ごす。

 いやはや本当にどうして私はこんなキャラクターを作り上げることができたのだろうか。

 実は心のどこかに鈴を宿していたのかな。

 そう思うくらいには本当の私とかけ離れている。


 「誰かと入るなんてひさしぶりー」

 「それは私もだよ」

 「たまにはこーゆーのも悪くないかも」

 「毎日はキツイけどね」

 「それなすぎー」


 つーんと私の額を指で突っつく。

 突っつかれた私はどうすれば良いのかわかんなくて、とりあえず水面に顔をつけた。

 顔を上げてから、ぷはぁと息を吸う。

 それが面白かったのか鈴は楽しそうに笑った。

 彼女の笑う姿を見て、こちらもなんとなく理由はわからないけど楽しくなってきて笑う。

 お風呂場に響き渡る笑い声。

 三川日菜として、これはこれで悪くない幸せの形なのかもなぁと感じる。


 「ふふーん、ふふふーん」


 突然鼻歌を歌う。

 お風呂に入ったら、気持ちが高まるのはわからなくもないが。

 突拍子もないのはやめてほしい。


 「なにその曲?」

 「HIKAってバンドのドラムがね前アイドルとして活動してた時の曲だよー」

 「ややこしい」

 「ふふーん」


 胸を張って、ドヤ顔。あと突然現実世界にある有名なバンド名を出してくるのびっくりするからやめてほしい。

 褒めてはないけど。まぁ良いや。


 「そうだ」


 ふと、思い出した。


 「どうしたの?」


 と、不思議そうに鈴は問う。


 「今日学校で思ったことなんだけど」

 「うん」

 「六時間目、クラスの空気かなり悪くなったじゃん」

 「あ、そうそう! それ!」


 鈴は興奮気味に私を指差す。そのままの勢いでばさっと立ち上がる。

 一糸まとわぬ南陽鈴の姿が目の前に広がっていた。

 糸の代わりに透明な水滴が纏っている。

 もっとも身体の大事な部分を隠すという役割は一切果たしていないが。

 じーっと彼女のことを見つめていると、今おかれている自分の状況に気付いたのか、頬をかーっと紅潮させて、ぱしゃんと水飛沫を上げながら座る。


 「やっぱ、日菜ちゃんえっちすぎ」

 「え、今の私悪くなくない?」

 「わるいよ、わるいー! ちょーわる」


 なぜか勝手に悪者に仕立てあげられてしまった。

 うーむ、解せない。


 「……で、それで?」

 「あーそうそう。鈴的にはどう思ったのかなーって。どっちが悪く見えたとか」


 早く話を進めてくれという鈴の心の声が聞こえてきたような気がしたので、進めておく。

 私、心優しいので。


 「どっちが悪く見えた……ね」


 うーん、と悩む。


 「私的にはどっちも悪くないのかなーって思うよ」

 「どっちも……悪くない?」


 私の頭にはなかった答えが舞い込んできた。新鮮だ。


 「いやーさ、あの空気を作っちゃったっていう点では悪いのかなーって思うけどね」

 「そうだね」

 「でもなんの理由もなしにするとは思えないんだよ」


 ハッとさせられる。

 それはその通りだ。

 物語のクリエイターとして。キャラクターに知を与えるクリエイターとして。持つべき視点だったはずなのに、全く持てていなかった。そんな自分に少し寂しくもなった。

 人間という生き物は知性を持つ。自分で思って、考えて、その上で行動する。

 例えその行動がどんなものであっても、なんの理由もなしに行動することは基本はない。

 どういう行動であったとしても、些細ながら理由はある。

 その理由を紐解いていくと、その人の行動原理だったり考え方だったりが垣間見える。キャラクターに深みを持たせるにはそういう深堀が大事だよって良く言われたなぁ。懐かしい。


 「村山さんにも朝日さんにも互いに譲れない理由があるってことか」

 「そー! そういうことが言いたかったの」


 ほとんど言っていたような気もするが、話の腰を折ることになるので突っ込むのはやめておく。


 「だから悪いとか良いとか、そういうの決めつけたくないなーって」

 「なるほど……」


 新鮮な視線だから驚くというのもある。でもそれ以上に鈴がそういうことを考えていたんだ……。そっちに吃驚してしまう。

 そういうことを考えるタイプではない。

 だから本当に中身は鈴なのか? 実は私みたいに入れ替わってたりするんじゃないか? と怪訝な目線を送ってしまう。

 彼女はなにを思ったのか、見つめ返してきた。

 お互いに黙って見つめ合う。

 不思議な空間がお風呂場に広がる。

 互いに衣服を身に纏うことなく、ただただ見つめ合うだけ。

 異性カップルでもこんな高等プレイしない。

 恥ずかしさと馬鹿馬鹿しさ、それらが絡まりあって目を逸らす。

 それと同時に「隙あり!」という声が響く。

 次の瞬間、胸を揉まれた。

 同級生におっぱいを揉まれた。

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