第10話

 「それじゃあいただきます」

 「どうぞ召し上がれ」

 「うんうん召し上がれ、召し上がれー! 美味しいよ」


 言われなくても見てればわかるよ。美味しいのくらい。

 と、心の中で返事をしながら、肉じゃがに手をつける。

 う、う、美味い!

 特筆するような肉じゃがではない。ただの肉じゃがと言われればそれまでなのだが。

 実家の味を思い出す。そんな味だ。


 「……」


 そうか。

 もう私は自分の親の肉じゃがを食べることはできないのか。手料理を食べることはできないのか。

 死ぬことを選んだのは自分だ。

 あの時も。なんなら今の今までこれが正しいと思い込んでいたが、本当に正しかったのかなと疑問が浮かぶ。

 死ぬことですべてが丸く収まったと思っていたけど、それで世間は本当に綺麗に終わったのかな。こればっかりはわからないけど。でもそう簡単に終わるようなもんじゃないのではと今になって思う。

 不確定な未来のために、命を捨てる。馬鹿げた行為だ。

 それを私はしてしまった。

 正しいか間違っているかわかっていないのに命を捨ててしまった。一生家族と会うことはできない。愛の籠ったご飯を食べることもできない。

 人のためだ。家族のためだ。

 そうやって言い訳して、結局悲しませて。


 「あぁ……なにやってんだろ、私」


 馬鹿だなぁって思う。本当に馬鹿だ。馬鹿過ぎる。


 「三川さん……日菜ちゃん。なんで泣いてんの?」

 「美味しくなかった?」


 鈴と鈴ママは私のことを心配そうに見つめた。

 それに言われて気付く。

 自分自身が泣いていることに。

 つーっと頬の上を流れる涙。それは止まることなく机上へ垂れる。


 「あ、え、あ……」


 慌てて手でその涙を止めようとするけど、自分が泣いていると気付いて拍車がかかったかのように涙は零れていく。

 滂沱の涙を流してしまう。

 人前なのに。人の家なのに。恥ずかしいことをしているという自覚はある。

 けど止まらない。

 止めようと思って止められるのならばもうとっくに止めている。


 「すみません、泣くつもりはなくって」


 と、声を捻り出す。


 「……」


 鈴はなにを言うわけでもなく、黙ってゆっくりと頭を撫でてくれた。

 優しさに触れた気がする。


 「ご飯はとっても美味しいです」


 撫でられて、多少落ち着きを取り戻し、不安にさせてしまった鈴ママへ弁解をした。


 「それは良かった」

 「美味しすぎて泣いちゃいました」

 「あら、嬉しいことを言ってくれるじゃない」

 「三川さんって本当に人の心を掴むのが上手いよね」

 「そうね。鈴も少しは見習ったらどうなの?」


 突然刃を向けられた鈴はビックリしたのか、私の頭から手を離し、目線を右往左往させてから逃げるように味噌汁を口に含む。

 そしてそのままそっぽを向いて知らんぷり。


 「でも南陽さんはそういうところも含めて南陽さんなのかなーって思うんですよね」

 「鈴の良さってこと?」

 「はい。まぁ私はそう思ってるってだけなんですが……」


 ちょっと照れくさくて頬を触る。

 でもこういう性格だからとてつもない人気が出たのかなぁと思う。

 遠回しに私のことを殺しているんだけどね。

 嫌な結論に達しそうになって、味噌汁を飲む。

 うん、塩っけがあって美味しい。

 そのままお箸で具材のナスを食べちゃおうかな……って、へっ。どうしよう。ナス全く美味しくない。拒否反応が出る。

 とりあえず死ぬ気で飲み込んだけど。

 どうやら三川という人間はナスが大っ嫌いらしい。

 えー、好きだったのに。ナス。

 悲しい。

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