第8話
彼女の家にやってきた。
ただの一軒家。
良くも悪くも面白みがない普通の家である。
庭と一体化している駐車場には白いワンボックスカーが駐車されていて、その周囲には小学校で配布される青いプラスチック製のアサガオを育てる植木鉢? のようなものが丁寧に置かれている。もっともなにか育てている様子はなく、中は雨水がちょこっと溜まっているだけ。
それも含めて普通の家という感じだ。
あと気になるのは……。
「なんでサンタクロースのフィギュアがおいてあんの?」
突っ込んでくださいと言わんばかりに玄関の窓にはちょこんとサンタクロースのフィギュアが設置されていた。こんばんは! とこちらを見ている。やかましい。
「クリスマスに出したは良いけど、片付けるの忘れてただけだねー、これはー」
マメなのか雑なのかわからん。
「ただいまー!」
と、彼女は躊躇せずに扉を開けて、ぐぐぐと爪先だけで立って窓際に置かれていたサンタクロースのフィギュアを回収する。
まぁ自分の家なので躊躇しないのは当然というか。躊躇されたらそれはそれでこちらも入りくくなる。え、ここ本当に鈴の家なの? って警戒するところから始めなきゃならないし。
「おじゃまします」
「おじゃまされます!」
鈴は元気良く私の声に被せる。
玄関に一歩踏み入れると、なんだか懐かしさを感じるような香りが私の鼻腔を擽り始めた。
「美味しそうな匂いが……」
「ママがご飯作っでってくれてるって!」
「ご飯……」
「そ! ご飯!」
靴を脱いで三歩ほど歩いてから、くるっと彼女は身体を反転させる。
「あれ、もしかしていらなかったご飯?」
不安そうな瞳。
「あ、もしかして人のご飯とか食べられない感じ? いるよねー、そういう人。まぁ気持ちはわかんなーいって感じじゃないけど」
「いや、そういうわけじゃ。むしろ雑食っていうか……そんな感じ」
そんな感じって具体的にどんな感じだよ、と思いつつ笑う。
決して人のご飯が食べられないとかじゃない。
ただ赤の他人をそこまで受け入れてくれるんだという驚愕があっただけ。
びっくりして感動している。それだけだ。
「どういうこと?」
遠回りな発言だったが故に鈴には伝わらなかった。
そっかー、そうだよね。伝わらないよね。
「気遣ってくれてありがとうって言いたかっただけだよ」
なにがどういう意味で……って説明するのは面倒だし、なによりも恥ずかしい。
だから端的にそれだけ伝える。
「気遣ってくれて……ありがとう……?」
なに言ってんだとでも言いたげな様子。
え、私そんなに変なこと言ったかな。
比較的普通な部類だったと思うよ。しかもわかりやすかったはずなんだけど。
「わかんないけど、まぁ良いかー! ほら、おいで、ママにしょーかいするから!」
考えるという行為をを完全にやめた鈴は手首をがっつりと掴んで、ぐいぐいと引っ張った。
抵抗する理由もなかった私はそのまま身を任せるように手を引かれたのだった。
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