第5話

 放課後になる。

 私は鮭川寧々との接触を試みることにした。


 「鮭川さん!」

 「……? どうかしましたか?」


 突然声をかけられて困惑している。

 こてんと首を傾げるその姿は本当に美しい。改めてなんでこの子人気でなかったんだろうと不思議に思う。私的には理想の女性って感じなんだけど。

 世間的にはどうもハマらなかった。

 永遠の謎だ。


 「……」

 「あのぉ……」

 「あ……」

 「……?」


 勢いに任せて声をかけたのは良いものの、なにを喋れば良いのかわからず意気消沈してしまう。

 脳みそをフル回転させてなんとか言葉を捻り出す。


 「鮭川さんって可愛いよね」

 「えっ、わ、私がですか?」

 「うん! 鮭川さんが!」


 どこがって説明しようとすると何時間もかかっちゃうからやめておく。


 「……」


 怪訝そうにこちらを見つめる。じーっと私の瞳のその奥を見つめるようでちょっと恥ずかしい。


 「ん?」


 照れ隠しの問いかけ。


 「あの、褒めてもなにも出ませんよ」

 「ただ思ったことを言っただけに過ぎないよ。どう考えても可愛いじゃん。鮭川さん。綺麗って感じ」

 「そうですか。そんなこと言われたの初めてです」

 「思ってるけど皆言わないだけだよ。綺麗すぎる人に綺麗なんて言うの野暮だなーって思っちゃうじゃん」


 目立つようなキャラクターじゃないというのも相俟って、可愛いとか綺麗とか、そういう容姿を褒められるような経験は皆無、という設定が彼女にはある。

 高嶺の花過ぎると逆にこうなるものだ。


 「そういうものですかね?」


 唇に指を当てる。

 わざとらしい仕草でさえ美しく見える。嫉妬の感情すら湧かない。


 「そ、それよりもクラスについてどう思う?」

 「話変わりましたね。クラスについてですか?」

 「そう。ほら、険悪な空気が漂ってるでしょ」


 なぜ私がこの世界にやってきたのかを少し考えていた。

 完全なる答えが出た……というわけじゃないけど、朧気ながらそうなんじゃないかなぁという推測はできる。

 まず一つは今まで頑張って耐えて生きてきたことに対するご褒美なのかなぁと思う。要するに神様の気遣いだ。

 もう一つは神様が与えた試練。自分の作った世界で生きてみろ、という試練だ。自死といぅ大罪を犯した私への罰と言えば良いだろうか。

 ちっぽけな頭で必死に考えた推測。

 答えはわからないし、多分わかることもない。

 でもせっかく考えたのならば、遂行してみようと思う。

 だからそう。私なりにこのクラスの険悪な雰囲気を払拭させる。できるかどうかはわからない。ただやらなきゃ絶対にできないから。だからやる。


 「鮭川さんってこの空気についてどう思ってるのかなって」


 今の私に不足しているのは人脈。

 ほぼゼロに等しい。

 まずは人脈作りをしなければならない。


 「……なるほど」


 私の問いに寧々はふむと考え込む。

 ふざけることもなければ茶化すこともない。真剣に聞いて、真剣に真面目に悩んでくれる。

 これが鮭川寧々というヒロインの良いところ、だ。


 「私の個人的な意見になってしまうんですけど……それでも大丈夫ですか?」


 心配そうにちらっと視線を寄越す。


 「構わないというかむしろそれが欲しいかも」


 一般論とかそんなのだったらわざわざ寧々に問う必要はない。自問自答で解決する。

 この世界の自発的な寧々の意見が知りたいのだ。


 「本心が良いな」

 「わかりました」


 こくりと頷く。


 「気分の良いものではないですよね」


 若干周囲を気にしてから声のトーンを抑え目に口を開いた。


 「誰に対して?」

 「えーっと……誰に対してなんでしょう」


 こてんと首を傾げる。

 自分自身でも理解できていないのか。


 「村山さんも朝日さんもどちらも独り善がりなやり方だなぁと思っていて、どちらかが意地を張らなきゃこうなっていなかったって思うと……どっちなんですかね」

 「わかんない?」

 「わからないというかどっちも悪いのかなぁって思います」


 あやふやな答えだった時点で想定していなかったと言えば嘘になる。が、やっぱりビックリするのはビックリする。

 だって寧々らしくない答えだから。


 「あ、すみません。こんなの狡いですよね」


 私がずっと黙っていたからか、慌てて彼女は謝り始めた。


 「狡くはないと思う」

 「そ、そうですか?」


 不安そうな眼差し。高尚さも相俟って、言葉では形容しがたいほどに神々しくなっている。こ、これって人なんですか? 本当に生きてるんですか。


 「どっちか選ばないといけないのに両方選ぶって狡いような……気がします」


 寧々的にはまだ心の中につっかかっているらしい。

 真面目が故なのかな。


 「うーん、たしかに普通ならそうかもね」

 「ですよね」

 「でも今回は指定してないから。どっちか選んでねって」


 そう、そもそも、だ。

 どっちか選ぶ必要なんてない。どっちも悪いと思うのならどっちも悪いと思うそれで構わない。


 「難癖じゃないですか?」

 「否定はしないけど」

 「けど……?」

 「私も鮭川さんと同意見だよ。どっちも悪いでしょって思う」


 これは嘘偽りのない真実。

 いや、だってどう考えてもどっちも悪いでしょ。


 「三川さんもそう思ってたんですね。良かったです」


 安堵した。表情を綻ばせる。


 「色々ありがとう! あ、鮭川さん本当に可愛いと思うよ!」


 とりあえず聞き出そうとしていた主目的は達成できた。

 感謝の意を伝え、私はその場を後にする。


 「えーっと……これはなんなのでしょうか」


 と、困惑するような声が背中から聞こえてきたが、スルーした。するしかなかった。

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