第2話

 隣の席の人物。世界史の授業が終わる直前に息を切らしながら教室へ飛び込んできた。彼女の名前は南陽鈴。淡い色のポニーテールが特徴的な美少女。ちょっと胸が小さいのが難点。本人も気にしているので、指摘するのは野暮というもの。それ以外に欠点と呼べる欠点はない。絵に描いたような美少女……というか、南陽鈴の場合は実際絵に描いた美少女だ。ようなではない。である、が正しい。

 南陽鈴。彼女はなにを隠そう私の執筆しているライトノベル作品『リアルにもラブコメは紛れている』通称『リアれて』のヒロインである。さらに言ってしまえば負けヒロイン。

 あぁ、嫌なことを思い出した。

 とにかくそんな彼女が目の前に存在している。

 夢でもなければ、幻覚でもない。現実の世界で、だ。

 これがなにを指すか。


 単純明快。


 私は自死に失敗したわけじゃないらしい。むしろ成功している。

 だって異世界ならぬ自作ライトノベルの世界に転生してしまっているのだから。

 非現実的だなってのは私だって思う。

 思うけど、こうやって目の前にその状態がある以上、とやかく言ってられない。非現実だーって現実から目を背けたらなかったことになるのかと言われればそんなことはないし。こういうのはいかに素早くその非現実的現実を現実として受け入れられるか……というのが肝になってくる。


 ライトノベルの世界……だから少し戸惑っているが、異世界と置き換えてみればさほど難しい問題ではない。その世界で適応するしかない。それだけ。

 その方向にどれだけマインドを持っているかが問題。

 ライトノベルに明るくて良かった。オタクで良かった。

 他の世界に来た。その事実にもう若干興奮しているのだから。

 この状況におかれた事実はどうやったって覆せない。

 であるならば、この状況を楽しむしかない。


 「南陽さん!」

 「わっ、三川さんどーしたの?」


 隣に座る彼女に突然声をかけた。

 ビクッと肩を震わせたが、すぐに満面の絵を作りこちらに顔を向ける。

 キョロキョロ見渡すが彼女の目線の先には私しかいない。そりゃ私が呼んだわけだから私を見るのは当たり前か。

 とりあえず私は三川って言うらしい。

 情報ゲット。


 「南陽さんって可愛いよね」

 「え、あ、と、突然だね」


 アハハ、と彼女は困ったように笑う。


 「事実を言ったまでだよ」

 「真剣な眼差しすぎて照れる」

 「本気だもん」


 彼女は実質私の娘。

 可愛くないわけがない。

 艶やかな髪の毛、白くてすべすべな肌、滑らかな唇。

 どれをとっても理想的な女の子だ。

 女である私でさえ一歩踏み間違えれば惚れそうになってしまう。危ない。


 「三川さん、ほんとーにどうしたの?」


 あまりにも熱視線だったからだろうか。

 鈴は不思議そうに私のことを見つめ、こてんと首を傾げる。


 「どうしたって?」

 「いつもと違うような気がするから」


 なにか違和感を抱いているらしい。


 「そうかな」

 「うん」


 即座に肯定。


 「どう違うの?」

 「いつもはもっと大人しめっていうか、私に話しかけてくるようなタイプじゃないなーっていうか。いつも静かに本とか読んでるから」


 突然キャラクターが変わったことに対する驚き、らしい。

 それもあって当然。むしろすんなりと受け入れる方が怖い。どれだけ達観してるんだって。怖くなる。

 実際キャラクターというか中身そのものが変わっているわけだし。

 驚くなって方が無理がある。


 「人って簡単に変わるものだから」

 「そっかー、うーん、それもそーだね」


 単純でありがたい。

 別に変に隠す必要はないのかなぁとは思うけど。

 でもライトノベル……というか異世界もののセオリーとして、異世界転生者であることは口にしてはならないってのがある。

 異世界転生のセオリーに沿うのなら、隠す方が良い。

 だから隠した。その程度の理由だ。深い理由はない。


 「今って四月か」

 「え、うん、そーだよ」

 「二年生だよね」

 「う、うん。三川さん大丈夫?」


 心配そうに尋ねてくる。


 「寝ぼけてるのかも」

 「もー、ビックリさせないでよ。てっきり記憶なくしちゃったんじゃ……って心配しちゃったじゃん」


 良かった、と頬を緩ませた。

 流れはともかく心配させてしまったのは紛れもない事実。なんなら鈴じゃなかったら色々と勘繰られた挙句に疑われていたかもしれない。

 反省とともに今後気を付けるべきだろう。

 油断禁物。


 「記憶なくしてたら南陽さんの名前もわからなくなってるでしょ」

 「あ、たしかに! そうじゃん」


 ぽんっと手を叩いた。

 このちょっと抜けたところがある天真爛漫さ。

 私の知っている鈴で安心する。

 実家に帰ったような安心感。


 「四月ってことはあれかー、そろそろ勿忘祭の時期だね」

 「だよだよ」

 「今、クラス的にはどうなってるの」

 「あー、三川さんずっと本読んでて一切会議に参加してなかったもんね」

 「え、あ、そ、そうなんだよー」


 どうやら私はとんでもなく協調性のない陰キャだったらしい。会議くらいは参加した方が良いと思うよ、三川さん。


 「村山くんがね、劇の脚本を書いてくれることにはなってるんだけど、朝日さんがその脚本でやりたくないって声を上げてるって感じかな」


 と、現状について簡単に説明してくれた。


 「男女で対立ってことか」

 「そ、そ、そんな感じー」


 これはあれだ。リアれての一巻目のストーリー展開と同じである。

 鈴が教えてくれた内容と、一巻はほとんど同じ。

 差異があるとすれば私という存在だろうか。

 リアれてに三川なんていう女性は存在しない。それくらいだ。村山と朝日の衝突は作品通り。

 ちなみに勿忘祭とはこの高校特有の四月に行われる行事である。新入生を歓迎する会が派生しまくって文化祭みたいになったと思ってもらえれば良い。もっとも演劇だけなので、文化祭のような派手さはない。だが、クラスごとに順位が付けられるのでかなり盛り上がる……という設定になっている。

 リアれての一巻では、その勿忘祭で男女が分断されて、その間に挟まれた主人公は一人で奔走する。という話。

 現状はリアれての序盤も序盤ということだ。

 物語を間近で見れる。うん、悪くない。

 この特等席。せっかくなので精一杯楽しみたいと思います。

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