異世界美術館の喧騒 ~デコボココンビと愉快な仲間たち~

一矢射的

第一話 イケメンコンテストに敵襲あり!



 G国の道を行くと、中世ファンタジーめいた古い町並みが沢山残っている事に気付かされる。それがなぜかと言えば、気の遠くなるような長い歳月を「鎖国政策」に費やし、国の近代化が大幅に遅れたせいだ。

 どれくらい遅れたのか?

 遅れに遅れ、開国はなんと僅かに十年前という有様。 

 十一年前までさかのぼると、どこの家にも電話すらなかったとか。


 そして日本に開国反対派が居たように、G国にも国を愛し近代化に反対する者が数多くいた。彼等は最先端の文明を異邦からの侵略者と決めつけ、母国の伝統文化のみを頑なに守り抜こうとした。成程、古い町並みがそのまま残せたのは彼らの手柄とも言えそうだ。形状文化遺産と言えば確かにそう。

 だからといって、近代化を完璧に防ぐ真似など土台不可能なのだ。

 日進月歩は人の道。力で抑え込もうとするのはまったく理に反している。


 彼等もあるいは愛国者であり、言い分はあったのかもしれない。

 しかし、伝統の守護者が必ずしもみな善人であるかと言えば、それは甚だ疑問だ。

 中にはエゴイズムな衝動に身を任せ、外国の文化だからと破壊活動にいそしむテロリストもごく少数だが含まれているのだ。そして「とある美術館」の絵もやはり外国産が大半である……。

 つまり、言ってしまうと今回はそんなヤカラ。


 美術館を訪れる『主義主張の人たちアート・テロリスト』のお話である。







「次の企画展はコレで決まり。全世界イケメン☆コンテスト」

「い、イケメン……せめて女性の絵も混ぜて美男美女コンテストにしませんか」

「ダメダメ、昔の女性画はヌードが多いんだから。女性客が引いてしまうわ」

「男性客はイケ☆コンに引かないんです?」

「女が時代や国を超えてイケメンを選ぶのよ、参考になるじゃない」

「はぁ、そういうものですか」



 ここはG国の代表たる「美の求道者」が集う場所、テルク・シノエ美術館。

 その主任学芸員室では今日も女上司のビルギット主任と見習い学芸員のアンドレアスが熱い議論を交わしていた。ビルギット主任はボリュームのあるチアリーダーのポンポンみたいなお下げが二つ、制服の帽子からはみだした快活な女性。(ここの制服は警察と軍隊を足して二で割ったような装いである。階級別色違いあり)対するアンドレアスはウニみたいなツンツンした髪型の眼鏡くん。付き合いも長く、館内では有名なデコボココンビであった。

 ビッルギットが美術館のオーナー、ヨナタン卿の孫娘であるのに対し、アンドレアスはスラムの出。デコボココンビの異名は伊達じゃないが、単に出自の卑しいだけの者を大切な孫娘の傍に置くわけもなく。

 アンドレアスが孫娘を任されるのには理由があった。ある特別な才覚が彼に宿っていたのだ。その特技でビルギットや美術館の危機を何度も救っているのだから、信頼されるのも当然と言えた。なんの特技かその話は後でするとしてだ。それよりも、美術館に勤める学芸員の仕事とは、展示物の保管、修復などの管理業務のみならず、客数を増やす為に魅力的な企画展示会を計画することも含まれている話をしよう。

 いま彼らがやっているのは正にそれである。


 来月の企画展は(代案がない限り)イケメンコンテスト展覧会で決まりそうだ。


 いくらお遊び企画展示といえども、目玉となる巨匠の作品はやはり必要だ。

 名画を所持している外国の美術館やコレクターとかけあって目当ての絵を貸してもらわねばならない。これが一朝一夕で可能な業務ではなく、ビルギットが単なる祖父の七光で主任の地位に収まっているわけではない事実の証明にもなった。やたら自称する「カリスマ令嬢学芸員」の肩書も案外虚栄ではないのかもしれなかった。


 レンタルした物は当然、無傷で返さねばならない。それが万国共通の掟。借りておきながら傷物にするなんてもってのほかだ。展示会に来る人が皆お行儀のよい人ばかりなら特に問題はないのだが。

 生憎と、最近はそうでもなくて。


 近頃、これはG国のみならず外国でも流行っているそうなのだが、主義主張のある人々が芸術作品にトマトジュースをぶっかけたり、ナイフを突き立てようとしたりして大変なのだ。人の命を狙うよりは罪が軽く済むという算段なのかもしれないが、冗談ではない。中には環境運動家がわざわざ美術館でテロ行為を働くといったニュースもあり、その無差別っぷりが問題になっている。くり返すが、美術館は欲求不満のはけ口ではない。

 歴史的名作だって人の命と同じく取り返しのつかない損失なのだ。

 学芸員にとって、いや人類にとっても。


 誰かが過激なテロ行為から絵画を守らねばならなかった。そう、誰かが。

 美術館の危機を何度も救ったアンドレアス以上の適任者など、どこを探しても居やしないのだ。


 『ドラクロワの自画像』『笛を吹く少年』『ナポレオンの肖像画』『遠征するアレキサンダー大王』更にはギリシャ神話のアポロン。北欧神話のトールやロキを描いた物。

 古今東西ありとあらゆるイケメン、イケオジ、美少年がその日美術館の企画展示室に結集した。企画立案者であるビルギット主任の考え通りに。


 最初、アンドレアスは反対したのだ。

 こんな企画展はルッキズムの流れを汲むものだし、やめるべきだと。

 すると主任は真顔でこう返してきたものだった。


『批判なんて覚悟の上よ。いい、新人君。企画を考える上で一番大切なのは、とっつきやすさなの。アタシだって別にブサメンが描かれていたら芸術じゃないなんて言うつもりは毛頭ない。でも、大勢のお客様に楽しんでもらう為なら何だって利用しないとね。時流を完全に無視してはダ――メ!』


 確かに、当日企画展を見に来るお客様は主任の目論見通り「とっつきやすさ」に惹かれているようだ。投票によって次元を超えたイケメンナンバー1が決まるシステムなので、場はそこそこの盛り上がりをみせている。

 談笑する客人の姿を横目で眺めながら、アンドレアスは要注意人物を求めて歩き回る。何度も何度も。出来れば主任の計画をこの手で守ってやりたかった。


 すると、やはり居た。

 懐にナイフとコーラの瓶を入れた危険人物が。

 見た感じはギョロ目の冴えない小男といった風体で、あだ名はアンドレアスがつけるのなら「ネズミ」で即決であった。

 イケメンが気に食わず、その顔面に文字通りどす黒い物をぶっかけてやりたいと考えていそうなのが、憎々し気な表情からも滲み出ていた。


 え? 

 なぜそいつの懐具合がアンドレアスに判ったのかと言えば、彼がかける眼鏡のお陰であった。開国を経て魔法文明が廃れゆくG国に、唯一残された神の奇跡。

 それこそがチート神器であった。

 アンドレアスがかけた眼鏡もその神器の一つで名を「百徳メガネ」といった。

 その名の通り百種類もの機能を有しており、透視、望遠、感知、測定など様々な奇跡をコレ一つで補える優れものだ。


 そんなチート神器を使いこなせる才気。

 それこそアンドレアスが新人見習い学芸員でありながら主任とコンビで活躍できる秘密なのであった。つまり、通称ネズミが懐に隠した凶器も、透視機能ならばガラス張りも同然に見えたというワケだ。他ならぬアンドレアスの目ならば。


 女の子の服を覗くも、壁の向こうを探るも、眼鏡の使い道は持ち主の思いのまま。

 同時にそれこそが「チート使い」が恐れられ、煙たがれもするワケでもあった。

 聖人君子にも悪魔にもなれる者、それがチート使いだから。


 展覧会場に凶器を持ち込んでいる時点で有罪なのだが、生憎とそれが見えているのはアンドレアスただ独りであった。


 ―― すぐに取り押さえるべきか? 説得して未遂で済ませられるのなら……。


 そんな甘い考えが、判断を鈍らせる。

 ネズミは突然顔を上げると一枚の絵めがけて走り出したではないか。



「あっこら、待てい」



 これを逃せば、責任は全てビルギット主任へと回ってくるだろう。

 アンドレアスは雄叫びを発しながら爆走し、背後から強烈なタックルを仕掛けた。

 展覧会らしからぬ上品な音を立て、男二人が激しく床に転倒した。

 だが、幸いにも絵は無傷だ。



「チッ、放せ。あんな絵はこの世に存在しない方が良いんだ。ルッキズムにサディストとくる。まったく、どうにもならん悪趣味だ。あんなものを飾っておく傲慢さが俺には我慢ならんのだ」



 騒ぎを聞きつけた警備員が殺到し、わめくネズミを取り押さえた。

 しかし、彼の小柄な体と違い、その精神は尚も口を動かすことで抵抗の意を示していた。まだ俺は負けていないぞ……と。


 その図々しさはアンドレアスにとって、とても癪に障るものだった。



「警備の皆さん、そいつを連れて行くのちょっと待ってくれないか」

「しかし、アンドレアス、コイツは」

「誤解をといておきたいんですよ。何としても。頼みますよ。さ――て」


「誤解? なにが誤解だ? あの絵のどこに正義がある?」

「ほーら、誤解だ。歴史や本質をまったく知らないままで勝手に批判し、絵を破壊しようとする。それを野蛮というんですよ。ウチの界隈ではね」

「なにぃ? ならばあの絵の正しさを俺に聞かせてみせろ」

「喜んで。それも学芸員の務めですから」



 ネズミがナイフで切りつけ、コーラを浴びせようとした油絵作品。

 そのタイトルは『ワトソンとサメ』であった。

 画題に偽りなく、キャンバスには金髪の少年が裸でサメに襲われ、今まさに噛みつかれようとするその瞬間が描かれていた。仰向けで海面を漂う少年は必死の形相で救いを求め、何とか彼を助けようと、周囲の船からは大人たちが懸命に手を差し伸べていた。

 ネズミは改めて絵を一瞥すると、フンとばかりに鼻を鳴らした。



「少年少女を痛めつけて快感を得る。それはサディストだろうが。この絵を描いた作者に他の意図があったとでも言うのか?」

「そうそこなんです。この絵、ある人物から依頼を受けてアメリカのコブリという画家が描いた物なんですよ。いったい誰の依頼を受けて描かれた絵だと思います?」

「誰って、少年趣味のサディストだろうが」

「とんでもない! 依頼人はなんとこの絵に描かれている人物なんですよ」

「なに? まさか」

「そう、そのまさか。かくも凄惨な絵を描くよう依頼したのはサメに襲われているワトソン少年本人なんです」

「はぁ? な、なぜ?」

「この出来事が実際に起きた事件であり、依頼人が当時の痛みを忘れないようにする為ではないでしょうか」

「実際にあったと? この場面が?」

「ええ、膝から下を噛みちぎられてしまったそうですよ、この後」



 しかし、ワトソン少年の人生はそこで終わらなかった。

 足を失くすという凄まじい不運に耐え、むしろそこから一念発起。

 後に商人として大成、更にはロンドンの市長にまでなったというのだから驚きだ。

 もっとも成功者でなければ自画像など画家に依頼するはずもないのだけれど。


 この『ワトソンとサメ』の絵は彼が支援する病院の広間に飾られたという。



「人生には耐えがたい不幸や、不運が沢山あって、ともあれば圧し潰されそうになるけれど……俺みたいに足をサメに食われた奴でも頑張れたんだからさ。負けずに行こうぜ……それがこの絵に込められた真意。ご存知でしたか? それ?」



 アンドレアスの質問にネズミはそっぽを向いたまま。

 そこで彼は畳みかけることにした。



「この情報は壁のキャプションや展覧会のパンフを読めば書いてある事なんです。それすら知ろうとせず、凶行に及ぶのが野蛮でなくて何なのです?」

「……なるほど、礼節を欠いていたのは現代人の俺の方か。見ただけでは解らん物だな、絵という奴は」

「絵は見る物ではなく、読み解く物だと主張する方も居るくらいで。だからこそ面白いのかもしれないし、学芸員という職が必要なのでしょう」

「素人の勝手な判断は通用しないか」



 ネズミはがっくりとうな垂れた様子で警備員に連行された。

 アンドレアスは敬礼でそれを見送りながら一言。



「まぁ、何でも見えるメガネを持ちながら、ろくに何にも見えてなかった奴もいるぐらいだからさ。貴方に限った話じゃないのさ」











 後日、主任学芸員室にて。

 ビルギット主任は、企画展の大成功を祝いながらも、それを影で支えてくれた警備役に感謝を忘れたりはしなかった。



「ありがとう、アンドレアス。お陰様でイケメンコンテスト企画展は栄えある好評を勝ち取ることができたわ」

「で、誰がイケメン☆ナンバーワンだったのですか?」

「集計の結果、ドラクロワの自画像ね。よくも自分をあそこまでカッコよく描けると思うわ。アタシはナルシシズム感じるからそこまで好きじゃないんだけどさ。アタシ一推しのナチュラルボーンイケメン、アポロン様は三位だったわ。二位は知名度でナポレオン」

「ナポレオンは実物よりも背が高めと聞いていますけれど」

「良いのよ、ご在命の方なんて居ないんだから。あくまで絵のコンテストよ」



 ジョークを飛ばし合ってから、女上司は部下が手柄を立てた割には乗り気じゃない件に気付いた様子。真に彼女は七光頼みの孫娘ではなかった。



「……暗い顔しちゃって。もしかしてまた『彼女』の事を考えているの?」

「当然でしょう。忠義を尽くした恩人に裏切られたんですよ?」

「でも、それはまだ何か裏の事情があるかもしれないでしょう? 何も知らないまま、勝手に判断してはダメ。それは野蛮な行為……ではなくて?」

「……確かに」

「人生もまた絵画と同じ。見るだけで真意はわからない。調べて、読み解いてみなくてはね」

「そーかもしれませんねぇ」



 己と大して年齢も違わないのに、この主任からは早くも風格のような物が感じられる。その点がアンドレアスには不思議で仕方ないのだった。これがカリスマか? 軽んじず見習うべきかもしれないな……アンドレアスは素直に胸の内で称賛するのだった。


 どれがイケメンかは時代と場所によって変わる。順位自体に意味はあまりない。

 けれど、真剣に絵を見て比較した時、そこには必ず何かが残るはず。

 とっつきやすさを最優先とは、伝統を軽んじることではないのだ。


 そのくらいなら、アンドレアスにも読み解けるのだ。

 こう見えてもデコボココンビの片割れなのだから。

 付き合いはそこそこ長い。

 時々、小馬鹿にしたくなるような言動も主任には見られるけれど、基本的に尊敬できる人柄だからこそ上司として認めているのだ。


 この美術館の職員は大半がそうであるように。


 ―☆―


 第一話はここまでです。長文にお付き合い頂き有難うございました。もしかするとお気づきかもしれませんが、実はこの作品シリーズ物でして…第二シーズンというべき物が当作品になります。


 ちなみに第一シーズンはコチラ。


https://kakuyomu.jp/works/16818093075467103633


 最終的には第二シーズンのみを読んでも楽しめるように仕上げるつもりではありますが、作中の意味深な台詞など、真相を早く知りたい方は読んでみるのもありかもしれません。裏切られた彼女って誰なのよ?とか。


 それでは、重ね重ねお付き合いいただき心より御礼申し上げます。

 また次の機会に再会できたのなら幸いです。



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