「石亭」の後

 前後の事情に不明な点は残るが、「夾石」を以て石亭の戦いは終わり、魏・吳共に兵を退く。


 吳では周魴が「加裨將軍、賜爵關内侯」、周邵が「進位裨將軍」、是儀が「遷偏將軍」とあるが、陸遜・朱桓・全琮の主將達に論功の事は見えない。但し、吳では翌黄武八年春に「公卿百司皆勸權正尊號」とあり、これを受けて四月丙申(十三日)に孫權が「即皇帝位」している。

 この際に、陸遜は「上大將軍・右都護」、朱桓は「前將軍、領青州牧、假節」、全琮は「衛將軍・左護軍・徐州牧、尚公主」と為っており、先の三者も含めて、「石亭」の論功はこの際に行われたとも考えられる。

 この孫權の「即皇帝位」で三人の皇帝(曹叡・劉禪・孫權)が鼎立し、名実ともに、「三國時代」が始まる。


 一方、魏では曹休が「上書謝罪」するが、罪は問われず、むしろ、屯騎校尉楊暨が派遣され、「慰諭」(慰撫)され、「禮賜益隆」くされるも、「庚子」(十月?)に「癰發背薨」じている。壯侯と諡され、子の曹肇が嗣ぐ。そして、曹休の死によって、滿寵が「以前將軍代都督揚州諸軍事」と為っている。

 曹休の「禮賜益隆」に対しては集解で『資治通鑑』の「帝以宗室不問」を引き、胡三省の「敗軍者必誅、焉可以宗室而不問邪」という注を載している。曹休の場合、単なる「宗室」と言うより、大司馬にして輔政の筆頭にあることが理由であろう。

 また、明帝と曹休の子曹肇或いは曹纂には、「明帝寵愛之、寢止恆同。(『藝文類聚』曹毗曹肇傳・『太平御覧』曹肇別傳)」という、曹休・曹眞と文帝との間柄に似た関係があり、この事も「不問」とされた理由だろう。

 但し、逆に言えば、実際に「不問」とされるべき事情があった、と見做されたとも考えられる。


 曹休の諡「壯」は「莊」に通じ、『逸周書』諡法解によれば、「兵甲亟作曰莊、叡圉克服曰莊、勝敵志強曰莊、死於原野曰莊、屢征殺伐曰莊、武而不遂曰莊」とある。

 「兵甲 しばしば作す」(孔晁注によれば、「しばしば征する」;以下同)・「しばしば征し殺伐する」(「嚴[=莊]を以て之をおさむ」;補注:「傳に曰く、敵を殺し果を致し以て戎經をあきらかにす」)は戦陣に在り続けた生涯に、「圉にあきらかにして克く服する」(「邊圉に通じて、能く服さ使むる」)は辺境(淮南)の守禦を担った事に、「武にて遂げず」(「武功 成らず」)は「征吳」を為しえなかった事に合致し、何れの義にしても、曹休に相応しいと言える。

 なお、曹子建、つまり曹植の「大司馬休誄」(『藝文類聚』四十七)では「矯矯公侯 不橈其厄 呵叱三軍 躬奮雄戟 足蹴白刃 手接飛鏑 終弭淮南 保我疆埸」と「叡圉克服」に通じる文が見える。

 また、「敵に勝つに強きを志す」(「撓まざる、故に勝つ」)の義もあるとすれば、曹休の為人が知れる。更に「原野に於いて死す」(補注:「社稷を辱めず、宗廟を辱めず、身を以て焉に殉ずる」)は戦死(戦没)する事を云うが、曹休の死も戦いを原因としたもので、広く戦没と言えるだろう。原義通りにとれば、曹休は洛陽に帰朝する途上で没したのかもしれない。戦いが九月下旬であれば、十月庚子(十四日)までは二十日程しかなく、洛陽に帰還していない可能性はある。

 なお、『三國志』には「壯」と諡された人物は多く、張郃・徐晃・文聘・許褚・龐悳・桓嘉(桓階子)・州泰・關羽(壯繆)の八名が確認できる。この半数、張郃・龐悳・桓嘉・關羽は戦没した人物である。ついでに言えば、桓嘉が戦死したのは、「東關之役」に於いてである。


 曹休の死と前後して、賈逵も薨じ、肅侯と諡され、子の賈充が嗣いでいる。その時期については不明だが、賈逵に代わって「領豫州刺史」と為った筈の滿寵が、曹休に代わって「都督揚州諸軍事」と為っているのだから、太和二年(228)中、或いは翌年初以前であろう。

 賈充はその傳に「少孤」とあり、太康三年(282)に「時年六十六」で薨ずるので、建安二十二年(217)生まれで、太和二年には十二である。この点からも、賈逵が「石亭」から程無く卒した事が窺える。

 賈逵の諡「肅」は「剛德克就曰肅、執心決斷曰肅(諡法解)」だが、「剛德にしてす」(「其の敬なるを成し、終と爲さ使むる」)、「心をまもりて斷を決す」(「言 嚴果なる」)と云う。嘗て曹休は、「欲假逵節」した文帝に「逵性剛、素侮易諸將、不可爲督」として止めさせているが、その評、「性剛」は「肅」に通じる。

 但し、賈逵への諡が死去時に与えられたかについては若干の疑問がある。


 と言うのも、魏で諡されているのは、王公・外戚を除けば基本的に三公・九卿或いは尚書・高位の將軍などに任じられていたもの、官品で言えば三品以上に相当する人物である。

 『三國志』魏書では漢代のものも含め、諡されたものは76名(王公・外戚除く)確認できるが、品秩が不明確な漢代の14名を除くと、55名が三品以上に該当する。漢代の8名も魏代の品で言えば三品以上に相当する。

 つまり、諡された人物の八割以上が生前に三品以上(相当)であった事になる。一方で、賈逵は豫州刺史・建威將軍であり、これは共に四品、爵は陽里亭侯であるので五品に相当する。従って、四品の賈逵が諡されたのは異例であると言える。


 漢代も含め四品以下(相当)で諡されているのを揚げれば、以下の13名となる。(名・官・爵・諡・死去年・備考/◎は祀太祖廟)


 任峻 長水校尉 都亭侯 成侯(「文帝追錄功臣」) 建安九年(204)

 郭嘉 司空軍祭酒 洧陽亭侯 貞侯 建安十二年(207)? ◎

 李通 汝南太守 都亭侯 剛侯(「文帝踐阼」後) 建安十四年(209)?

 曹純 (議郎參司空軍事、督虎豹騎) 高陵亭侯 威侯 建安十五年(210)

 李典 捕虜將軍(破虜將軍) 都亭侯 愍侯(「文帝踐阼」後) 建安二十年(215)以降 ◎

 龐悳 立義將軍 關門亭侯 壯侯(「文帝即王位」) 建安二十四年(219) ◎

 蘇則 東平相 都亭侯 剛侯 黃初四年(223) (元侍中)

 張既 涼州刺史 西鄉侯 肅侯(「明帝即位」後) 黃初四年(223) (孫;少帝張皇后)

 許褚 武衛將軍 牟鄉侯 壯侯 黃初七年(226)以降

 吳質 振威將軍・假節都督河北諸軍事 列侯 醜侯(威侯) 太和四年(230) (文帝「四友」)

 杜襲 太中大夫 平陽鄉侯 定侯 太和五年(231)以降 追贈少府

 桓嘉 樂安太守 安樂鄉侯? 壯侯 嘉平四年(252) (尚升遷亭公主)

 樂綝 揚州刺史 廣昌亭侯? 愍侯 甘露二年(257) 追贈衛尉


 この中で、任峻は曹操「從妹」を妻にしており、宗室の曹純と共に曹操の挙兵以来付き随った身内とでも言うべきで、郭嘉・李典・龐悳は「佐命臣」とされた人物である。また、任峻・李通・李典・龐悳・張既は死去時ではなく、後の追諡である。

 これ等の人物を除くと、蘇則・許褚・吳質・杜襲・桓嘉・樂綝の6名となるが、蘇則については侍中から「左遷」されており、本来は三品であったとも言える。また、杜襲の太中大夫は七品(洪飴孫『三國官職表』)とされるが、九卿を退いた人物(劉曄・韓暨など)が任じられており、少府を追贈されている事からも、三品相当と思われる。

 許褚は曹操の親衛であり、裴松之が「功烈有過典韋」としており、「佐命臣」典韋に準ずると言える人物である。これは典韋及び、同じく「佐命臣」とされ、關羽に殺された龐悳が、曹操(魏)の為に戦死したことで、実際の「功烈」以上に評価されているのだろう。その点では許褚の功績が「佐命臣」に及ばないとも言えるが、諡を受ける程度には評価されて然るべきだろう。

 吳質も曹丕に「信重(『晉書』宣帝紀)」され、司馬懿・陳羣・朱鑠とともにその「四友」と号された人物である。残る桓嘉・樂綝は「佐命臣」桓階・樂進の子であり、桓嘉は「東關之役」で戦死、樂綝は諸葛誕の叛乱に際して殺害されている。典韋・龐悳と同じく、非業の死を遂げた事を悼んでのものであろう。また、桓嘉は皇族の升遷亭公主を妻としている。


 これ等の人物に比べると、賈逵は曹操・曹丕に信任されたという記述はあるが、明らかに魏室との関係は薄い。魏に於いて確実に太和二年以前に死去した12例中、四品以下で諡されているのは張既への追諡のみというのを考えると、死去時に諡されたのは賈逵が初例という事になる。

 それほどの功績が賈逵に認められたか、後の顕彰を考えると、留保が必要だろう。従って、諡そのものは否定できないが、追諡の経緯が省かれている可能性がある。


 広義の「石亭の戦い」に於ける、いま一人の当事者とも言うべきは司馬懿であるが、彼の戦後は不明である。それどころか、『三國志』の記述では、張郃傳の状況証拠的な記述を除けば、「駐軍」を以て司馬懿の関与は終わり、『晉書』宣帝紀の「(太和)四年」まで、記録上、空白の一年を過ごす事になる。

 因みに、『三國志演義』では司馬懿は諸葛亮の再出撃を予測し、曹眞に「堅守」の策を授けて自身は吳に備えている。

 これは虚構(創作)であるが、本来であれば、大司馬曹休亡き後、軍事面に於いて曹眞に次ぐ司馬懿に、そのような対応があって然るべきである。しかし、それが全く見えないというのは、何らかの事情があったと想像したい所である。

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