第32話 【制天戴星】

 異変を感じ取ったのか、黒龍がこちらに顔を動かす。


「もう遅いよ」 

 

 漲る力。それは、一秒にも満たない時間で私を黒龍の下まで導いた。呼吸も踏み込みも、体の動かし方すらどうでもいい。ただそこに行こうと考えた次の瞬間には、もうその場所にいる。そんな感覚。この魔法、凄い。


 まだ、私たちがいた場所に目を向けている黒龍の顎下に潜り込み、目標を探す。


 あまりにも大きな体。今の魔力の守りがなければ、数秒近づくだけでさらなる呪いに侵されるだろう。

 

 禍々しく蠢くその肉体に、一箇所。一際闇が深い場所を見つけた。私の魔力光に照らされてもまだ、星の輝きに知らんぷりをしている、真っ暗な闇の根源。


「ここ————っ!」


「■■■■■■■■■――!!!!」 


 【千呪の黒龍】が悲鳴を上げる。


 【月光一閃】を使い、渾身の一撃を放った。


 確かな手ごたえ。


 明らかに効いている。これで、この瘴気も弱まるはず……。


「痛いなら、もっと————!」


 振りぬいた一閃から、さらに追撃をしかけようとしたその時——、


「――――――くっ」


 逆鱗から、黒い液体と瘴気が噴き出す。


 咄嗟に回避しようとするがそのあまりの速さ、勢い、大きさのせいでどこにも逃げ道がない。


 体中の細胞が恐怖で悲鳴を上げている。


 呪いが、迫ってくる。また、奪われる。


 私を守る星と聖炎の魔力が徐々に闇に蝕まれていく。


 やっぱり、星は夜に負けてしまうのか。


 抵抗を続けるが、どんどんと魔力が奪われていく。


 力が入らなくなっていく。


 防戦一方。逃げることのできない私へと、巨腕が迫ってくる。


 避けられない。


 でも、まだ戦える。


 私は一人じゃない。


 暗く苦しい闇の中から、輝きを見つけたから。


「ハァッ————————!」 


 ——――絶望を、太陽のような眩い炎が振り払う。


 レオが私の周りの瘴気と向かい来る腕をまとめて焼き斬った。


 硬い鱗を意に介さない炎の斬撃に悲鳴を上げる【千呪の黒龍】。そのおかげで逆鱗から放たれる瘴気が止まった。 


「いけるか!?」


 何を、なんて確認はいらない。


 私たちの第一目標ヘ駆け抜け、もう一度。


「もちろん! 【限界突破】、【月光一閃】!」


「■■■■■■■■■■!!!!」


 先ほどの傷跡を更に抉る一撃を放つ。


 【限界突破】まで使ったことで更に威力は上がったけど、高まりすぎた自分の能力を制御しきれずそのまま遠くまで移動してしまう。


「よしっ」

 

 吹っ飛びながら、切り付けた逆鱗に近づく光を見る。こちらを寒気がするような嫌な感覚にさせる魔力の中心地から、暖かく、美しく、眩しすぎるほどの光が溢れ出し、   


「ぶっ壊れろ、俺たちの悪夢。【光焔一閃】――――!」


 【千呪の黒龍】を中心に、大爆発が巻き起こった。






 逆鱗を完全に破壊した。その手ごたえを感じた瞬間、逆鱗に操られていた魔力が暴走し、俺の炎とぶつかり合って、大爆発が起こった。


 その衝撃から逃れるために、【限界突破】まで使って距離を取ったことで、大きな怪我やダメージを負うことはなかった。【聖なる炎】で治せる程度のものだったので、すぐに未来の元へ合流しようと周りを見渡す。


 あいつの身体から湧き出ていた黒い粘液が、この階層中に飛び散り、崩壊した街並みが、溶けてさらに悲惨な光景になる。

 

 本物の街並みではないが、限りなくそれに近い場所が、どんどんと壊されていくのを見るのは結構辛い。


 その大本に視線を向けるが、爆発の衝撃がまだ収まっておらず、 煙が周囲を立ち込め、確認することはできない。この時間も【燎原之炎】を少しずつチャージしていく。


「ひとまず、第一段階突破かな……」


「ああ……これで倒れてくれてほしいくらいの衝撃だけどな」


「……そうだね。魔力、あとどれくらい残ってる?」


「大体……五割くらいかな。未来は?」


「私は四割くらいだけど、詠唱魔法のおかげで回復できるから、まだまだ大丈夫」


 今も周りから光を集めている未来から、その魔法の効果はなんとなく予想できるが、想像以上に強そうだ。俺にも詠唱魔法があれば……。


 心の中でないものねだりをして息を整えていると、衝撃波が階層中に轟く。


「■■■■■■■■■■■■■■■――――!!!!!」


 逆鱗を破壊されたことへの怒りの咆哮が、鼓膜が破れそうなほどの大音量で放たれる。それにより、俺たちが周囲に展開する魔力が弱まっていく。

 

 黒龍のいた場所から、漆黒の竜巻が吹き荒れる。


 黒い粘液と呪いの瘴気をまき散らし、俺たちの方へ足音が迫り来る。


 その間に存在した物をすべて消し去りながら。


「これは、やばい……」 


「ああ」


 黒く、黒く、黒く。


 身を守る鱗をドロドロと溶かしながら、周囲を悉く破壊する呪いの根源。

 

 距離が一歩近づくごとに、体が感じる恐怖が膨れ上がっていく。


「本気モードってことか……でも」 


「うん、勝てるよ」


 お互い、体が震えているのを無視し、励まし合う。ここで止まるわけにはいかない。ここで終わるわけにはいかない。


「■■■■■■■■■■■■――――――!!!」  


 余裕をなくした【千呪の黒龍】が、俺たちに向かって飛翔する。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る