第33話 絶対に
知覚できたのは、ただ一度、黒翼が大気を震わせたことだけ。
——黒が、襲来する。
あまりの速さに空気が爆ぜる。轟音と共に、爆風と共に、絶望が迫り来る。
「――――――――っ」
その大きな目には怒りが宿り、昏い輝きに全身が貫かれたかのような感覚に襲われる。ドロドロになった全身からは黒い瘴気と粘液が周囲に拡散し、闇が周囲を支配する。
「守って!」
未来の言葉をきっかけに、世界が明転する。星が降り注ぎ、黒龍の動きが鈍くなる。その衝撃によって生まれた土煙が辺りを隠し、視覚では状況を掴めない。
一瞬の静寂。その直後、
「来る!」
大量の黒鱗が超高速で飛来する。
「流星じゃ間に合わない!」
「数が多すぎる……! 燃えろ!」
見るからに有害な雰囲気を持つ、黒く、暗く、硬い鱗。避けるなんて考えが浮かばないほどの量が、同時に、そして雨のように降り注ぐ。
「――なっ! 魔力無視!?」
「弾くしかない!? 右は任せるよ!」
黒鱗は、俺が出した炎を完全にすり抜けた。勢いすら殺せずそのまま体に突き刺さろうとする鱗を、咄嗟に未来が切り飛ばす。
すぐさま炎を消した俺も迎撃に剣を抜き、何とか身を寄せ合ってこの攻撃に立ちっ向かう。
致命的な怪我こそ防げたものの、あまりの数に俺も未来も数か所被弾してしまう。
「くっそ……! いつまで飛ばしてるんだ、こいつ!」
数十秒か、数分か、はたまた数十分か。隙間なく、絶え間ない攻撃に何百回も腕を振っていると、永遠にも思えてくる。
「やっと止まった……でも次は?」
「俺がなんとかする! 未来はあれを!」
俺と同じ考えに至ったであろう未来が、頷きながら詠唱を始める。
僅かな猶予、この何もない間にもう一度未来の魔法が完成すれば、今のあいつなら、絶対に倒せる。見上げた先の黒龍の様子から、そう確信できる。
お互いが満身創痍。
「【闇に奪われ、夜に囚われ、断絶された我が人生。過ぎ行く季節、流れ行く時間、独り打たれた涙雨】」
そう言った瞬間、大地を震わすほどの爆音が、黒龍から放たれる。警戒した俺たちはそれぞれ少し離れた位置に引き下がる。俺たちの周囲数十メートルに突き刺さる黒鱗がうざったい。
身体中の鱗を放った黒龍は、明らかに余裕をなくしていた。ようやく俺たちが自らの命を脅かす存在だと認識したのか、こちらを睨む目には殺意が宿っている。どろどろと全身を溶かしながら息を吐くその姿は、俺たちと同じように必死に見える。
これからが本気どころか、ずっと本気だったが、限界が来ただけのようにすら思える。
しかし、今放たれた咆哮は今までのものとどこか違う、そんな感覚がする。怒りが混じった……悲鳴というより、まるで何かを呼んでいるかのような叫び声。俺たちに向けてではなく、まるで誰かに合図を送るかのようだ。
「【輝くべき光はどこにもなく、欠けた月こそ我が太陽】」
未来の負傷具合を確認しながら、自分と未来に治癒を施していく。二人とも所々切り傷が付いた程度で、体に問題はない。重大な傷も負っていないから、このぐらいなら聖なる炎ですぐに治るだろう。
あと少し、気を緩めず落ち着いて対応しなければ……。何が起きる?
気のせいか……?
いや、そんなはずがない。こいつはもっと邪悪なはず……。
その思考の最中、俺は地面が震えていることに気づいた。これは自然現象などではない。そこかしこに突き刺さるものが魔力の高まりとともに膨らみながら震えているのだ。その振動が、地面を、世界を揺らしている。
「足元!? クソッ、爆発する! まずいっ——!」
気づいた時にはもう遅かった。
そこら中に刺さっていた鱗が、黒龍に近い位置から順に爆ぜていく。下からだけでなく、前に刺さっていたものが爆発しながら飛び散り、こちらに向かってくる。
先ほどの魔法を展開していた未来でもギリギリ逃げれるかどうか、という速さ。
瞬間、世界がスローになる。時間が止まり、思考だけが加速する。
何千もの爆弾が起動する。魔力が溢れ出す爆弾を少しでも刺激してしまえば、残されたタイムリミットを自ら捨て、ゼロにするようなものだ。それに反応して、すぐに爆発してしまうだろう。
反応に遅れた未来も回避しようとしているが、疲れからか明らかに動きが鈍い。俺たち二人とも、純粋な身体能力だけでこの爆弾地帯を突破するなんて不可能だ。
逃げきれない。
耐え切れない。
それを悟ってしまったのか、穏やかに笑う女の子の姿をみて、俺の中の
こんな表情をさせないために強くなろうとしたのに、こんなところで負けられない。
諦められない。
守れないなんて、それこそ。俺には絶対に受け入れられない——!
「今度こそ俺が、守るんだ————————!」
一瞬で加速するため、俺に
全ての衝撃を超え、未来の元へ駆け抜ける——!
未来を腕の中に収めながら、地雷原を征く。
駆け抜けた場所が次々に爆発していく。つい先ほどまでいた場所から、瘴気が、鱗が、砂が、煙が飛んでくる。瘴気に喉がやられる。傷口に禍々しい瘴気が入り込む。身体中の力が奪われていく。
腕の中の女の子は、何があっても守り抜く。それだけを考えて、地獄のような嵐を抜け出した。
「レオ!?」
「大丈夫か? 未来……」
「私は……私はレオのおかげで……でも——!」
「よかった……くっ……」
満身創痍。この言葉は今のためにあるんだろうなぁ、なんて考えながら、俺は荒れ果てた大地に膝をついた。
——――――――――――
お久しぶりです。大変長い間お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。
色々と忙しかったため更新が長期間止まってしまいましたが、この章は絶対に完結させますので、それだけはご安心ください。
週一ペースは確保できるはず……おそらく……多分……そうだと思いたい。
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