第30話 会敵

 俺には見えない謎の影を追いかけて、両親の幻影を追いかける未来についていった先にいたのは、まさかの【千呪の黒龍】。


 【赤龍ヴァルグニール】も相当な存在感と魔力量だったが、【千呪の黒龍】の覇気の前では、それすら霞む。


 怖い。


 自分よりも大きな相手。これまでの相手は、一撃を喰らえば危うい相手。しかし、黒龍は一撃を食らわなくても、対策がなければ命に関わる呪いを持つ。


 相対するだけで滝のように汗が流れる。


 一度の咆哮の後、【千呪の黒龍】は俺たちを見下ろしている。いや、見下している。どうした、その程度か、とでも言うように。


 咆哮の暴風と呪いから身を守るために、俺と未来の周囲に【聖なる炎】を展開することで何とか凌げたが、こんなバ火力の呪い衝撃波を何度も使われたら、どうしようもない。

 

「大丈夫か、未来!?」


「……うん、――レオ、仕掛けるよ」


「いつでも。合わせる」


 下から上へと、物理法則では考えられない方向から、流れ星が黒龍の左翼へと駆けていく。それに連動して、俺も【完全燃焼オーバーロード】を起動し、全速力で右翼へと飛び込む——!


「【月光一閃】!」


「【煌炎斬】!」


瘴気を切り裂く二つの光は、余裕綽々で反応すらしない舐めた龍の翼を切り裂く。しかし——、


:全く効いてない……?

:嘘だろ……? ヴァルグニールならこれで大ダメージだったのに……

:体が修復してるのか……?

:怖い……

岩重心:視力も戻っているようだな……。そいつの翼には攻撃がほとんど通らない。そして、やつの魔力が残っている限り呪いの瘴気は収まらないんだ。とにかく、光っている逆鱗だ! そこに魔力器官がある! 魔力が集中するそこを突けば、やつの魔力は激減し、明確に弱体化させられる!

:なっが 


 翼はすぐに再生された。お互い逆サイドの翼を攻撃した俺たち二人は、距離を開けてしまったことで分断された。


「レオ、後ろ!」


「――――っ!」


 咄嗟に魔力を固めて足場を作り、空へと駆け上がることで死角からの攻撃を回避する。


「くっそ……!」


 【千呪の黒龍】によって浸食された大地から、噴火のように呪いの魔力が吹き出してくる。魔力とは違う感覚であることに加え、周囲一帯が呪いの瘴気で覆われているため、察知がどうしても遅れてしまう。


 とにかく回避に徹するが、そうすれば黒龍の動きを見ることが難しい。


 下からだけでなく、上からも黒龍が口を開いて瘴気を吐き出してくる。360度すべてからの攻撃に、俺は避けるだけで精いっぱいになってしまう。そのため、聖なる太陽を空に展開することが出来ない。


「【魔力凝縮】【魔の祝福】【星光の煌き】【星天】、これでも食らえ——」


 それを見た未来が星魔法で【千呪の黒龍】へと、大質量の星々を落としていく。未来の魔法がなんとか、時間を稼いでくれた。それによって上からの攻撃がなくなったことで、立て直す余裕ができる。


 そして、着弾した流星によって、周囲に土煙が立ちこめる。


「ありがとう、はあっ——!」


 天へ浮かぶ禍月へと、金の太陽を打ち出す。


 これまでは、目に見えて弱体化した魔物たち。こいつにも多少の効果があれば……。


「■■■■?」


 ――そんな期待は、当然のように裏切られる。 

 

 煙が落ち着いた後、俺の目に入ってきたのは無傷の【千呪の黒龍】だった。


 飛ばした俺の太陽へと駆け寄り距離を縮め、ブレスを吐きつけられる。既にこの手から離れた魔法は、黒龍のブレスの勢いに余裕で跳ね除けられ、飛んでいく。


「くそっ……こいつ……!」


 傷つけても再生する。魔力を弱らせようと聖なる炎で太陽を打ち出しても吹き飛ばされる。長時間周囲に近づくと呪いにかかってしまう。そして、短時間で仕留めようにも、弱点はどこにも見つからない。だが、俺たちに撤退の選択肢は存在しない。


 ——何が何でも、ここで仕留めなければ。そうしなければ——


 思わず未来の横顔を見てしまう。


 どうする。

 

 師匠に助言を求めようにも、今日いきなりこいつに出会うとは思ってもいなかった。未来の話をしていない上に、急に助言を貰おうにもあの人も忙しい身。まず今ここから連絡する方法もない。とにかく、やるしかないが……。


 ——その瞬間、迷いで反応が鈍った俺へと、巨大な尻尾が振るわれる。


「――――くっ……!」


「レオっ——!」


 上からの攻撃こそなくなったが、地面から噴き出す呪いは消えていない。周囲を呪いの魔力の柱で固められて動けなかった俺は、回避できず直撃する。


 体が浮いている。いや、違う。飛んでいる。ただ尻尾を動かすだけで、弾丸のように飛ばされている。頭がぼやけ、意識が薄れ、巨大な龍が、だんだん小さくなっていく。


 何十メートルも飛んだ末、木造の一軒家へと叩きつけられ、肺から一気に空気が抜ける。崩れ落ちた建物の破片が体に刺さり、背中が痛い。


 万事休す。


 そして、打開策を探す俺の下へ、ドローンが飛んできた。


:逆鱗狙え逆鱗狙え逆鱗狙え

:げきりんげきりんげきりん

:顎あごあごあごあごあごあご

:逆鱗しばいたら弱体化するらしいぞ!

:あごぶち割れ!


「逆鱗……? あれか!」


 視力を重点的に強化し黒龍の口の下あたりを見ると、他の鱗より目立つ鱗があった。ここを潰せば——、


 その思った瞬間、数十メートル先から何かが飛来する。これは——、


「――――ぐっ……」


「未来っ――――!?」


 勢いが止まらず、どこまでも飛ばされそうな未来へと飛び、何とか受け止める。衝撃で俺にも衝撃が来るほどの勢いに、思わず声が漏れる。


「くっ……大丈夫か?」


「……っ、ありがとう……」


「まだ戦えるな? 手短に行くぞ、アイツの顎の下辺りにある逆鱗が弱点だ。そこに良い一撃を入れられたら、とにかく弱体化するらしい」


「了解……でも、あいつの急所をつけるようなビジョンが見えないね……とにかく狙ってみようか」


「ああ……。多分今みたいにどっちか一人が離脱すれば、俺たちは一気に詰み寸前だ。舐められている今でこのザマだしな……。本気を出されたらどうなるかなんて考えたくもない……」


「だね……狙いがバレたら、命の危険を感じ取られて多分勝ち目は薄くなる。絶対に、一回でやりきらないといけないよ……」


 どうする、と視線が交わる。 


 追撃の気配のない【千呪の黒龍】は、先ほど居た位置から動かずに月を見上げている。


「俺がやる。勿論隙があれば未来でもいいが、多分瞬間的に一部分を攻撃するなら、俺の方がダメージを与えられるだろ」


「わかった。私の星魔法はほとんどダメージがないみたいだけど、動きは止められるみたいだし、けん制にはなると思う。あいつが遊んでるうちに、取り返しのつかないくらい削ってやろうか?」


「ああ。第二ラウンド、反撃だ——」


 グータッチを合図に、俺たちは進み出した。




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