第29話 私の

 第十一層。ここは普通なら最初からボス部屋の層で、【時空の魔女】っていうボスがいるらしい。時間と空間を操作してワープしたり、こっちの動きを予知して戦う魔法使いの魔物とのこと。


 滅茶苦茶厄介に思えるけど、実際は広範囲の魔法やスキルがあれば簡単に倒せるらしく、『階層自体が狭いから逃げられないように周り全部にぶっ放せば倒せるぞ』って言ってた。うん、やっぱりこの人脳筋だ。多分私も同じ作戦でやると思うけど。


 階層移動してすぐにある、特有の視界のぼやけが終わると、そこは——


「え……?」


「もしかして?」


 私たちの住んでいる天草ダンジョン周辺の景色が、そこには広がっていた。丁度、出てきた裂け目のある場所は、天草ダンジョンの入り口。坂の上にあり、周りよりすこし高くなっているため、ある程度周囲の様子が見えるけど、明らかに見慣れた街並みが広がっている。


「でも、ちょっと違うな……。あのポスターの政治家の人、五年前に任期を終えてからダンジョン配信者になったらしいし……」


「五年前……」


「敵の気配はない……けど何なの、この嫌な空気……呪いの魔力が反応してる……」


「ダンジョンの中に、こんな場所……。流石に人間はいない、よな?」


「――――――――え? お母さん……?」


 あたりを探っていると、交差点を曲がるお母さんの背中が見えた。

 

「――――待って! お母さんっ!」


「未来っ!」


 呼び止めるレオの声を無視して、全速力で必死にお母さんのいた交差点へ向かう。すると、そこには二人で並んで私から離れていく両親の姿があった。


「お父さん、お母さん! 待って、行かないで——!」


 走っても走っても、距離は縮まらない。なんで、どうして。


 歩いている二人より、身体強化して走っている私の方が圧倒的に早いはずなのに、二つの背中はどんどん小さくなっていく。


 そして、見えなくなって——、


「え——――、ぁ——」


 黒い何かに踏み潰された。


「なん、で」


「落ち着け、未来! それは全部幻覚だ! 上、見ろ!」 

 

「え…………。――――――っ!」

 

 私を追いかけてきていたレオに腕を掴まれる。


 黒いものの正体を確認するために、目線を上に上げていく。


 濃密で、怖くて、夜より深い闇色の瘴気が、何十件もの建物の上に立つ巨体を渦巻いている。


 生き物のように蠢くそれは、これまでの層にあった瘴気の中で最も禍々しい。


 周囲の建物を闇に沈め、草木は枯れ、街灯の灯がどんどん消えていく。


 ——――これが……。


 太く、硬く、そして頑丈な鱗を持ちながら更に呪いを纏った腕には、毒々しくも鋭い爪。


 広がる翼は夜空を覆いつくし、昼であっても夜に変えそうな黒が、月明かりなんてないと言わんばかりに己の存在を主張している。


 たったひと振り。ただそれだけで、両翼から巻き起こる紫の暴風が、慣れ親しんだ街をどんどん破壊していく。


 嵐という言葉ですら生温い。この魔物は、まさに厄災。絶望の具現化。死の象徴。


 空気が張り詰め、息が苦しくなる。どんどん過呼吸になっていく。希望なんてどこにもなかった。五年前、ただ逃げるしかなかった。私の体を、家族を、友達を、日常を、平穏を、未来を奪った存在——。


 私の仇。私の恨み。私の絶望。


 私の悪夢。私の寂しさ。私の終わり。


 そして、私の明日を象徴する存在。


 そこにいたのは——――、


「■■■■■■■■■■!!!!!!」

  

 私の宿敵【千呪の黒龍】だった。

 





 




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