第28話 時間

 私たちは、そのまま第十層へ辿り着いた。


 そこは、緑生い茂る森林地帯。御神木のように一際大きな木の下に、レオと私は立っている。何百年と存在していてもおかしくない程太く、無数の木目が歴史を刻んでいるようで、雄大な印象を感じる。


「敵の気配、全くないね。多分だけどこの層、何にもいないよ」


「マジか、ボスも?」


「うん。呪いの魔力も全くないし、でも本当によくわからない階層だね。お昼もこんな感じだったの?」


「いや、全然違うぞ、そもそもどこにも木なんて生えてなかったし」


「そうなんだ」


 敵の気配なんてどこにもなく、あたり一面が綺麗で落ち着く緑に溢れている。そんな森の小道を、二人並んで歩いていく。


「あ、レオ」


 少し後ろに立ち、肩をツンツン叩いて、振り向いた時に丁度当たるように人差し指を準備する。


「ん? あ——」


「引っかかった~♪ 男の子のほっぺって意外と柔らかいんだね~」


「ちょっ、やったな——!」


「きゃっ」


:なんやこれ

:十層が平和すぎてただのデートスポットになってる件

:もっとイチャイチャしろ

:爆発しろ。やっぱするな

:ヴァルグニールくん、彼女とここでデートしたかっただけ説

:次はメスドラゴンってこと!?

:あんなのがここ来たら全部燃えてなくなるだろ

:もう結婚秒読みか……?

:そういえばガチ恋勢消滅したな


 幸せだなぁ。


「ごめんね」


 小さくこぼした声は届かず、レオが聞き返してくる。


「ん? どうした?」


「なんでもないよ?」


 あとちょっとだけ。ほんのちょっとだけ長く、この体が持てばいいのになぁ。


 あと一週間、あと二回、なんて予想していたけど、そんなに持たないと思う。今日を超えられるか、それすら怪しい。だから今日、あんな話をした直後にもかかわらず、心配そうな二人を押し切ってここまで来たのに。もう厳しそう。


 今までで一番調子が良くて、今までで一番調子が悪い。どんな敵でも倒せる自信があるのに、一歩歩く度に体を蝕む魔力が私に痛みを与えてくる。


 時間切れが近い。


 一人で戦わせたくなかったから無理やり来たのに、今日【千呪の黒龍】を倒せなければ、結局そうなってしまう。


 穏やかで心地よい風、暖かい太陽の光に、花の香り。この環境を構成する全てが、安らぎを与えてくれる。最後の最後のボーナスタイムとでもいうかのように。

 

「太陽……かぁ。そういえば、こんな感じだったっけ。本当に、何年ぶりだろう」


「未来……」


 もう一度、太陽の下に戻れるかな。


:え、どういうこと……?

:???????

:何、めっちゃ不安なんだけど……

:怖い

:ヴァンパイアなの?


 レオが展開するウィンドウが視界に入ってくる。私の配信のはどうやって見るんだっけ。


 見てる人には何にも伝わってないのか。もしかしたら今日が、最期の日かもしれないってことも。


「レオ。多分私、今日が最後のチャンスだと思う。愛花ちゃんにはああ言ったけど、今日で終わらせよう」


「……わかった。今は体、大丈夫か?」


 【吸魔の呪い】によって奪われる魔力の量が、これまでの比ではない。同じ宿敵に刻まれ、連動しているこの二つの呪いが、体の状態を知らせてくれる。


 自然に回復する魔力量と相殺されて、ほとんどの人には効力のない呪い。しかし、魔力をどんどん奪われ、すべて無くなれば強制的に眠らされる【常夜の呪い】との相性は、凶悪すぎるほど噛み合っている。


 普段戦いで使う程度の魔力なら、どれだけ使っても問題はない。A級の私の魔力量なら。そして、レオの【聖なる炎】の効果があれば、魔力の減少を止められるから、戦うことはできる。そこに問題はない。


 でもこのままだと、たとえ魔力量が満タンになっても、奪われる量に回復量が追い付かなくなる。 ずっと【聖なる炎】をお願いしても、あれは一時的なもの。かけ続ければ効果は薄まるから、どうしようもない。


 ——だから、今日眠れば、もう目覚めは来ない。 


「今は、ね」


 そして、


「このままだと、私に明日は来ない、かな」


「このままだと、だろ?」 


「……うん、信じてるよ? 一緒に頑張ろう」


 レオは、私を不安にさせないように強がって笑ってる。見たことないような不敵な笑み。この人なら、無条件に信じられる。


 困惑するコメント欄に軽く説明しながら三十分ほど歩く。すると、


「裂け目、か」


「だね」


「ほんとに何もいなかったな、ここ」


「ね。あと二つだよ、レオ」


「あと二つだな、未来」


「「行こう」」


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