第26話 ヴァルグニール

「ここ、だな」


「ここ、だね」

 

 準備を終えて、二人で九層へ続く裂け目の前まで辿り着いた。


 あと何度、こうして二人でここへ来れるのか。


 それは、あと一週間もしない内に決まるだろう。


『【常夜の呪い】の罹患者は、覚めない眠りに囚われた三日後、永遠の眠りにつく』


 未来とダンジョンの入り口へ歩いていると、その文章が頭を過る。冷静に考えて、たった二回のチャンスだけで、最深層まで辿り着き、【千呪の黒龍】を打倒するのは今までのペースだと不可能に近い。


 最善は、二人でやり遂げること。


 もしそれを達成できなくても、未来が眠ってしまってから、なるべく早く。三日以内にあいつを倒し切ること。


 だが、もし、間に合わなかったら。


 未来がそのことを考えない訳がない。普段より明らかに表情が強張っている。きっと俺も同じだろう。だが――、


「俺たちなら大丈夫だよ。絶対に」


「……信じてる。頑張ろうね」


 これまでの経験が、友情が、信頼が、俺たちにはある。


 それ以上の言葉はいらない。


 絶望を超えて、前へ。


 そのために、二人で一緒に踏み出した。






 

 瘴気が蔓延する災厄の世界。


 俺たちが目にしたのは、そんな場所だった。


 大地は割れ、至るところから溶岩が吹き出ている。熱気が空へ昇り不明瞭な視界の中で、唯一輝くもの。


 ——満月。


 この暑苦しい地獄のような終わりかけの世界を見下ろす月は、遥か彼方から溶岩の激しい輝きを受け、ぼんやりと血のような色に染まっている。


 月の冷たい表情に、苛立ちすら覚える。以前までならただ美しいだけのもので、一人で悩んだ夜の、唯一の話し相手だったのに。


 俺が発見した月と魔物の関係は、どんどん調査が進んでいる。まだ短い期間での検証のため確実とは言えないが、月の光で魔物は強くなる。というのは事実のようだった。月が隠れると元に戻る、ということも。


 【酒吞童子】は月光で呪いの力が増す、というものだっただけの可能性もあるが、他の呪いの魔力を持つ魔物でも、聖なる太陽を使って月を隠せば、俺たちへの、特に未来への呪いの影響を軽減できるかもしれない。


:なんだここ

:急に始まったな

:おつ

:顔こわいな二人とも

:地獄?

:世界の終わりみたい

:見てるだけであっつい


 義務として配信を付けるが、コメントを気にする余裕なんてない。 


「とりあえず、月は消すよ」


「うん、お願い」


 魔力操作は苦手だが、前回でかなり感覚を掴んだ。魔力の半分ほど持っていかれた前回とは違い、今日の魔力の消費量ならあと三回は使えるだろう。制御の感覚をあらかた掴んだことで、両手を塞がなくてもある程度動かせるようになった。100%の力で戦うほど平行して使用するのは難しいが、80%は出せる。


 溶岩湧き出る熱の世界に、他の炎より一層輝く金の炎を打ち上げる。


 まだ魔物は出ていないが、進めるような道はどこにもない。どこからか、敵が現れれるはずだ。


 そう思った瞬間――


 ひび割れた大地の底が揺れ、溶岩が吹き荒れる。

 

「下!」


 俺たちのいた場所の真下から、轟音と共に巨大な溶岩の塊が現れた。

 

 いや、これは物体じゃなくて——、


「龍!?」


 赤い龍だった。


「もうS級以外出ないとは思ってたけど、これは……」


「レオとの相性はかなり悪そうだけど、私の魔法ならまだ戦えそうだね」


:でっか

:やっば、えっぐ

:かっけぇ

:三十メートルくらいある?

:俺のマンションよりデカい

:十階立てくらいはありそう

:【赤龍ヴァルグニ―ル】……当然のようにS級だが、かなり強そうだなぁ

:鑑定ニキさすがの有能さ

:名前がもう強そう


 ヴァルグニールは灼熱の翼を広げ、空を覆い尽くすほどの巨躯を誇っていた。その鱗はまるで溶け出した金属のように輝いている。いくら強くなった俺たちでも、簡単にはダメージを与えられないだろう。


 こいつは全く呪いの魔力を持っていない。つまり——


「完全な力勝負だね。私の全力が出せそうで嬉しいよ。この階層、レオは温存を意識して。こいつが相手なら多分、太陽もいらないと思う」


「そうだな。こんなところで躓いてられない。さっさと片付けようか」


 【聖なる炎】で俺たち二人を強化し、未来の【吸魔の呪い】を一時的に無効化する。


 舐めているわけじゃない。敵は強大だが、超えられない相手ではない。


 俺たちが全く引かずに堂々と立っているのを見た赤龍は、己の強さを誇示するかのように咆哮する。

 

 その咆哮は雷鳴のように世界中に轟き、崩壊した世界の山々をさらに崩し、大地を震わせる。俺の体まで振動するほどの音量だ。


 まだ距離がある。大体30メートル程度か。

 

 溶岩を味方につけた赤龍。炎を自在に操るような魔物。


 咆哮の後、ヴァルグニールの口元に再び魔力が高まる。


「ブレス、来るよ!」


「任せろ!」


 横に回りこもうとする未来を見送る。


 赤龍。名前が炎龍じゃないから、許してやろうと思ったが、


「炎は、俺のもんだ——————!!」


 炎のブレスを吐くなら、俺の炎でぶち破る————!


 轟音が響き渡る。


 炎と炎が衝突し、爆発的な閃光が放たれた。世界が赤と白銀の光で一瞬にして染め上げられる。衝撃波が四方八方へと広がり、大地が更にめくれ上がり、溶岩が舞う。


 俺の白と、アイツの赤。二つの炎が激しく押し合う。徐々に俺の炎がヴァルグニールのブレスを押していく手ごたえを感じる。しかし、緋色の炎は負けじと勢いを取り戻し、激しいせめぎ合いは終わらない。


「こんなもんか! 似非炎ドラゴン! だからお前は炎龍じゃなくて赤龍止まりなんだよ!」


 赤と炎、どっちが上かはわからないが、まだ俺は、魔力の十分の一も使っていない。俺たちの目標の龍は、こんなもんじゃない絶望だ。こんなところで、止まっていられない。


 俺の炎の方が、熱い強い————!


「そこを、どけ——————!」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る