第25話 幼馴染

「愛花!? なんでここに!?」


 突然現れた愛花に驚き、瞬時に未来から距離を取る。


「あはは……たまたま近くで怜央くんを見つけたときに、様子がおかしかったから、危ないことでもするんじゃないかって思って付いてきちゃった。そしたら、出るタイミングを見失っちゃって……ごめんね、二人とも」


「気にしないで? はじめまして。レオの仲間の蛍原未来です。どうぞよろしく」


「ありがとうございます。はじめまして、怜央くんの幼馴染の日南愛花です。大変なところに来ちゃってほんとにごめんなさい」


 朝に会って学校をサボることを伝えてから、今日はろくに話もできていなかったから、心配させてしまっていたようだ。


「ちょっ」


 未来は恐る恐る入ってきた愛花を見ながら、いきなり俺の腕に抱き着いてくる。家族と友達が一緒にいるときみたいな気まずさに加えて、俺たちはもっと複雑な関係性だからさらに気まずい。


「ごめんね、愛花ちゃん。レオは私の大事な人だから。渡さないよ?」


「へ~、そういう感じなんだ。私たちの十五年に、いきなり入ってこれるわけないじゃないですかー、年齢詐称の未来先輩~?」


 愛花も負けじと右腕を拘束してくる。


「ぐっ……! でもさ……十五年も一緒にいるのにずっと進まない関係なんでしょ? もう諦めたら? 諦めよ?」


「う……! そっちこそ、ただ守られるだけの悲劇のお姫様なんて、どこを好きになるんですか?」


「むむむむ……! 愛花ちゃんなんて一緒に戦うことも出来ないじゃん! そっちこそ守られてるだけなんじゃないの?」


 一触即発。俺の腕を締め付ける力がどんどん強くなっていく。でも俺がハッキリしないのが悪いので、どうしようもない。諦めて受け入れ……


「痛い痛い痛い痛い!! ごめんなさい! 俺が悪いから! とにかく二人とも落ち着いて!」


 られないくらい痛い。


「ぎぃ…………」


「むぅ…………」


 ようやく力を緩めてくれたが、それでも二人とも腕は離してくれない。胃が痛すぎる。


「こんな喧嘩してる場合じゃないから! 作戦立てよう!」


「意義あり!」


 幼馴染が手を上げて主張してくる。普通に痛いから俺の腕ごと上げないでほしい。


「はい……なんでしょうか」


「怜央くんがトラウマを克服するのは大歓迎だよ。ずっと待ってたことだし。でも、危なすぎるのは許容できません。作戦なんて以前に、勝算はあるの? ないなら絶対行かせないし、普通に監禁も視野にいれるけど」


 背中に氷を入れられたみたいな感覚。その言葉が嘘でないことは、これまでの付き合いで重々分かっている。


「勝算というか、あんまりわからないってのが実情だ。【千呪の黒龍】の状態すらわからないんだから。五年前のダメージが残ってるなら、十分勝機はあるだろう。あと、師匠に助けてもらおうと思う」


「もう一回一層から三人で潜りなおして、私たちのいる層まで来てもらうってこと?」


「いや、それだと時間がキツすぎる。先生の話から考えるに、未来が戦えるのは多くて二日くらいだろう。戦わずいた場合でも、一週間もつかどうかというところらしい」


 未来が眠っている間に、担当医の先生に聞いた話。このままの状態なら、一週間。またダンジョンで呪いの魔力に体の呪いが反応してしまえば、より進行が早まってしまう。一度でも危険だが、二度目となれば、それより先はもう厳しい、という話だった。


「一度の呪いの影響で一時間以上を削られたんだ。これから先の敵がもっとヤバいことを想定したら、少しでも早く十二層へ行かなければならないから、師匠を連れて潜りなおす時間はないと思う」


「でも、その後の【千呪の黒龍】戦については……あいつと実際に戦った師匠がいるんだ、コメントなり無線なりで、アドバイスを貰って戦おう。そうすれば、多少はやりやすいはずだ」


 実績も実力も、人柄も……多分、この国でトップクラスに凄い人だ。あの人が一番【千呪の黒龍】を倒したいと思っているだろうが、未来がこういう症状になる以上、師匠が戦うのも危険だろう。だから、誰よりも【千呪の黒龍】と戦った人からリアルタイムで助けてもらえば、それなりにマシになるだろう。


 戦闘が激化して途中で頼ることが出来なくなるとしても、無駄ではないはずだ。


「あとは、昼間に俺が死ぬほど強くなればいい。学校なんて言ってる場合じゃないし、昼間はやることなんてないからな。ずっとダンジョンごもりして、魔素量の実力を高められるだけ高めるよ」


「結局、作戦って言っても、ただ頑張るしかないんだよね……わかった。じゃあ約束して。危なくなったら、どんなにみっともなくても、ちゃんと逃げて生き延びるって」


「それは……」


「レオ。私もそれは約束してほしい。もし失敗しても、私が寝てる間に死ぬなんて絶対許さないよ」


「そーそー、普通にわたしも追いかけるから、自分が死んだら三人死ぬと思ってね?」


 あまりにも重すぎる感情が真っ直ぐぶつかってくる。頷く以外の選択肢を除外されてしまった俺は、従うことしかできない。


「……はい」

  

「分かってないでしょ。まあいいや。とりあえずお昼にダンジョン行くときは、私もついていくから。無理も無茶も絶対許さないからね」


「えーっと、ん?」


「……は?」


「言ってなかったけど、わたしも探索者の資格取ってきたんだ。だから、日中にダンジョン行くときは私がくっついてくから。無理してたらすぐ引っ張って、連れて帰れるように」


「マジで……? でも、俺が修行するようなところに来たら危ないぞ……」


「わたしを守れないなら、【千呪の黒龍】なんて倒せないでしょ? それに、五年前の後悔もさっさと捨てて欲しいもん……」


「ぇ…………」


「今度こそ、ちゃんと私を守ってね?」


 柔らかい笑顔でこちらを見つめる、見慣れたはずの女の子の顔を、真っ直ぐ見ることが出来ない。


 あの日、行き止まりに置いてきた自信を取り戻させる。そのためだけに、戦闘の才能なんて微塵もなく、魔法だってほとんど使えない愛花が……その忙しすぎる生活の中で、合格率約1%の資格まで取ってくれた。


 学校も、仕事も、さらに料理まで毎日熟しながら、そんな大変なことを続けていたなんて、考えもしなかった。


「愛花……それ、どれだけ……」


「すっごくしんどかったけど……意外と何とかなるものだよ? 愛の力ってすごいでしょ? 褒めてくれてもいいんだよ?」


 軽いことのようにおどけているが、その裏の努力は計り知れない。


 俺の心の呪縛のことなんて一度も話したことはないのに、この良い子すぎる幼馴染は、長い付き合いの中で察していたのだろう。だから自分から、危ないところに一緒に飛び込んで、もう一度俺に守らせることで……もう大丈夫だよって伝えるために、過去から救おうとしていたのだろう。


「わたしの王子様ヒーローは、ずーっとずーっと怜央くんしかいないんだから、早くそれを治して迎えに来てよ?」


 勝手にトラウマを負って、勝手に苦しんでいた俺を心配して、ずっと見守って、助けようとしてくれていた愛花には、本当に頭が上がらない。


「……ありがとう。本当に……ありがとう」


「じゃあ、愛花ちゃん。日中のレオは任せるよ」


「はい。未来さんも、夜の怜央くんはお願いします」


 先ほどまでいがみ合っていたのが嘘のように、二人は硬く手を結んだ。


 俺たちがこれからやるべきことは決まった。数少ない目覚めの時間。それを無駄にしないように、愛花を家へ送った後、俺たちは今夜もダンジョンへ向かった。



——―———


〇愛花ちゃん様のやったこと


 週三日バイトしながら、勉強も欠かさず学校のテストで学年一位を維持し、家のお手伝いをしっかりして、幼馴染が心配過ぎるのでダンジョンに行く日はいつも無理してないか、怪我してないかを確認しに家まで押しかけて、ご飯を作ってあげて、空いた時間に激ムズ資格の勉強をしながら、魔力操作・魔法・身体強化の練習をずーっとして、体も鍛えてました。


〇裏話

 探索者は力と知識のどちらも必要。合格するには、実技と学科のそれぞれ100点満点の試験で、合計140点取らないといけません。合格者平均点は、実技は80点、学科は60点くらい。受験者の全体平均では、実技は50点、学科は40点くらい。

 怜央は実技100点、学科70点で余裕の合格。未来は実技95点、学科75点でこちらも余裕の合格。二人ともそこそこ賢いですが、実技の才能だけあれば、ちょっと頑張れば通るレベル。だいたいの合格者は、こういう風に実技パワーで探索者になります。実力がなければダンジョンに行っても死ぬし、上にも上がれないから、実技が苦手な人は大抵諦めていきます。


 そんな中、愛花は実技40点、学科100点でギリギリ通りました。魔法も運動神経も恵まれない状況で幼馴染を助けるためにやれることをすべてやった、激重小悪魔幼馴染(大天使)。


 愛の力(レベル1000)。




 あとがき長すぎてすいません!


 土曜日ですが今日は二話更新は難しいかもしれないです。

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